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恋に落ちる

ほんとうに恋してしまったら
人はその相手から逃げ出したくなるものだ。

わたしはそんな「人間」という生き物が好きだ。

今再び演劇をはじめて
とても面白いことがある。

稽古場には恋が溢れている、ということだ。

演出は俳優を愛していなくては
良い演出は出来ない。
俳優は共演者を愛していなくては
良い芝居は出来ない。

逃げ出したくなるほど
好きになること。

それが「芝居」ということに
なるのだろうと思う。

ああ。
今心臓の中を心が走っていく。
ああ。
今頬に昇ってきた熱は
相手がわたしに与えたものだ。

支配され、支配する。

「芝居」にしかない
それはセオリーである。

支配とは力ではなく
恋とは性愛ではない。
それが「舞台芸術」の本質だ。

もっと深く
心と肉体と血の中に、潜る。

あなたのことが知りたい。
与えたい。
そして奪いたい。
すべてを。

もっと魅了し
面白がらせ
生きていて良かったと
泣いてほしい。

その為のこの体だ。
その為のこの声だ。

役者とは
快楽に生きる民である。
光と熱の中で
我を忘れる。

溢れ出る大量の言葉を喋り
自分のものではない涙を流す。

意味のない行為。
愚かで、不思議な
愛に満ちた、夢。

それだけで十分だ。
わたしはもう。
それだけを
こんなに長い間焦がれていた。
その快楽から
十年も離れていた。

よく泣いた。
芝居がしたくて。
同時に二度としたくなくて。
そのふたつは
結局は同じことだったから。
どうしようもなくて。

ああ。
わたしにはまだ芝居がある。
まだ芝居が出来る
ことになったらしい。
そんなことがあるなんて
ほんとうに思わなかったのだ。

あいしている。
そのすべて。
セクシーで泥臭くて情けなくて
みじめで貧乏で弱くて
そんな「演劇」というものそのものを
悪い男を愛するように
あいしている。

ひとは恋をするから
高く飛べるのだ。
わたしは今、恋をしている。

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