目に見えないもの
大切なものは目には見えない。
星の王子さまはそう言った。
ほんとうにほんとうにそうだ。
「科学的介護」の何が解せないって
人は死んでいく、衰えていく
いろんなことが出来なくなっていく
その自由を許さないところだ。
すべてを逆行させようとする
結果を出そうとする。
命の時間を巻き戻せるのは
神様だけだ。
わたしは自分の
大好きな大切な母親の
死に向かう時間さえ
引き伸ばしはしなかった。
逆行させることもなかった。
そうしたかった。
既のところでそうしてしまいそうな
弱い自分を押し殺すために
何度も奥歯を噛んだ。
叫びと涙を、こらえるために。
辛いのは、わたしじゃなく母だった。
優先されるべきは
わたしの気持ちじゃなく
母の意志だった。
もしも科学的看病というものがあるのなら
自分の文学性を見限った
わたしのあの時の存在の仕方は
実に科学的だった。
吐き気がする。
あんなもの、決して人には勧めない。
そうするしかなかった。
わたしは神様じゃないから。
母の命は母のもので
いくら肉親でも超えてはならない
一線があった。
そこに線があることを
理解できるのは
文学的頭脳だけではないのか。
見えない線を
科学は平気で
土足で踏み越えていきはしないのか。
わたしは疑っている。
この世界で最も価値のあるもの
美しいものは
目には見えない。
数値化も出来ない。
そのことを、わたしたちは
命の最前線で
思わなければならない。