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傷が傷を

永遠に塞がらないと思っていた傷があった。
かつてそれによって演劇を諦め
死のうと思った。そんな傷が。

それはもう、母がどんなに遺言を遺してくれても
それでも生涯治ることのない傷だと
ずっと思っていた。

台詞を覚えること。
本当は覚えられている自分を信じられる心。
それを持っていた頃のわたし。
それは傷がつく前のわたしだった。

今、台詞が覚えられる。
そして、自分を信じられる。
自分はちゃんとやってきたのだと
自分自身が心底思うことが出来るようになったからだ。

かつて。
わたしには深く愛したものがあった。
わたしは演劇ではなく
革命を愛していた。
芸術ではなく思想を、愛していた。

そして、わたしの才能を
殺し、あるいは利用する者を
愛していた。

矛盾していた。
それなのに、矛盾とは愛のことだと
信じていたのだ。

わたしはその報いを受けた。
愛を語り、その実それは
哀しい欲望でしかなかった。
どんなに泣いても
どんなに乞うても
それは愛にはなり得なかった。

その時から、言葉が覚えられなくなったのだ。
自分が間違ったことをしたから
自分を信じられなくなった。

今日まで生きてきて
かつての傷の上に
新しい傷がつくこともある。
そんな時に気づくのだ
前のように深い傷は
もう二度とないことを
わたしは知っている、と。

もう二度と
あれ以上に愚かに
人を愛することはないからだ。

そのことに気づいた時
あれは犯すしかない罪だったのだと気づく。

わたしはあの傷によって
自分がどんなに駄目な人間か知った。
あの傷によって
もう生きられないと思い
それを救ってくれる
神のような人間たちに出会った。

あの傷がなければ
わたしは
わたしには
きっと何もなかった。

傷が
生きる道を教える。
そんなこともある。
きっと。

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