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【エッセイ】一瞬で世界の見え方は変わる

【922字】
そういう経験ってあるような気がする。

昔、いつも浮かれているような不思議な街に住んでいたことがある。道行く人々はいつも大きな声で楽しそうに話していて、ごちゃごちゃしたアーケードの下で見たことがない食べ物が売っていた。

よくスマホとお財布だけ持って狭い部屋を飛び出した。何もできなかった日曜日の夕方や、朝4時に目が覚めてしまった時。
考え事をしたい時や、ちょっと辛い気分の時や、寂しくなった時なんかにも。

私にとって物心ついた時からずっと、世界は少し怖い場所だった。
街の中には安全な回復スポット的な場所がいくつかあるから、そういうところをぐるぐる回るお散歩コースを作っている。
町はずれの公園の噴水、図書館の2階のすみっこの席、うさぎのラテアートを作ってくれるカフェ。

中でも気に入っていたのは街の中心にある変な形のオブジェだ。
きらきら陽の光を反射して、ゆっくりゆっくり動いている。それをぼんやり見ていると不思議と心が落ち着いた。

ある時思い立ってそのオブジェについてスマホで調べてみた。作ったのは知らない彫刻家だった。色々由来もあるんだ、ふーん。

のんびりとスクロールしていた手が止まった。
そこにあったのは、ある連続殺人事件の名前だった。
犯人はこのオブジェがお気に入りで、いつも被害者とはここで待ち合わせをしていた。被害者はここで待ち合わせをした後に犯人の部屋でばらばらにされて箱に詰められてしまったのだった。

それを知ってから、もう前と同じようにのんびりオブジェを眺めることはできなくなった。
犯人は待ち合わせの時にっこり笑って手を振ったりしたんだろうか。被害者はここから移動して、もう陽の光を見ることができなかった。

もし私がこの街でなんとなく寂しい時に手に持っていたスマホで「辛い」とか「死にたい」と何気なく呟いていたら、犯人から連絡がきていたかも知れない。実際そうやって被害者とは知り合っていたらしい。

そう考えるとふだん何気なく歩いている道には目に見えない大きな穴がたくさん空いていて、私がふいに落ちてしまわずにここにいるのはただの偶然なのかも知れない。
やっぱり、世界はすこし怖いところだと思った。

街の真ん中を通ると相変わらずオブジェはキラキラと陽の光を反射してゆっくりと動いていて、でもそれを見て心が落ち着くことは二度となかった。


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