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青年海外協力隊への憧れ
こんにちは。
私が青年海外協力隊を知ったのは、成人する前のことだったと思います。
当時は、高いキャリアのある選ばれし人だけが派遣される活動と認識していたのを覚えています。
自己肯定感が低かった20代30代を経て、会社という組織に見切りをつけた40代前半でしたが、単独の演奏ボランティアで介護施設をまわっているうちにデイサービスなら負担なく働けるかと思ったので、去年の冬から、とりあえず、自分に負荷がかからないようにその会社が提示する最低ラインの週1の3.5時間というシフトで現在まで継続中です。
土曜は塾のボランティア、日曜日は吹奏楽団の合奏練習に基本的に行っています。
またいろいろな考え方がある中で、自分としては、生活保護をどうにかして抜けられないかと思うになっていきます。
しかし、普通に会社で働くだけでは、また精神を患うのに拍車がかかるだけで、抜けられません。普通にアルバイトを週4~5日入れても、生活保護は抜けられないのです。
かと言って社員は、自分にとってできるかどうか不安があります。
経験してきたボランティアなどを経て、以前ほど自己を卑下するようなことは少なくなってきているところで、自己のスキルアップが挑めそうな職種をよく考えるようになってきました。
そんな日々でも電車内などの広告などで、青年海外協力隊の募集要項は目にしていたと思います。
外国人旅行者を対象に宿泊施設を経営する友人との出会い
私は、2015年階段から転落して、全治6ヶ月の怪我をしたタイミングで、生活保護になりますが、仕事も出来なくなったため、その時から、教会に通い出し洗礼を受けクリスチャンになりました。
そんな過程で、外国人観光客のための宿泊施設を経営しているという人と友人関係になりました。彼女は、年配の女性ですが、ドイツへの渡航歴があり、基本的に英語とドイツ語の理解があり、江戸時代の日本の歴史に興味を抱き、よくそこの宿泊者を連れて歴史ツアーのようなことをしている様でした。
またそんな彼女と友人となった私に英語の練習相手にどうかと、旅行者の何人かを紹介してくれたのですが、英語がまるっきり話せない私は、せっかく紹介してくれた彼らと深い友人関係を築けずにいました。
チャイルドドクター登録
彼女に紹介してもらった中には日本人と結婚した兄妹の関係で来日したケニア人もいました。彼女は、日本語を勉強中で、私も英語を勉強中なので、うまくやれるかと思っていましたが、言葉の壁はなかなか距離を縮めてくれないのが現状でした。
彼女は、ケニアでも富裕層の出身でしたが、いつしかケニアという国に興味を持った私は、チャイルドドクター・ジャパンというNPO法人に出会い、ケニアの貧困層の子供を支援する活動に参加しました。私が担当させて頂いているのは、ケニアの孤児院で元気に暮らす10歳の少年です。私は彼と手紙のやり取りを昨年秋頃から継続しています。
フォルケ・ホイスコーレの交流会
前の記事でも紹介させていただいたデンマークの教育機関フォルケ・ホイスコーレに関する交流会で海外への興味が拡がったことは言うまでもなく、そんな時に目にしたJICAの海外協力隊のチラシ。私は、興味が引っ張られていくのを感じずにはいられませんでした。5月19日に始まったJICAの海外協力隊の2023年春募集。5月21日に東京での説明会、誰でも参加してOKということだったので、早速足を運ぶことに。何をするのか、私には何ができるのかは置いておいて、とりあえず行ってみて、話を聞いて来ようと思いました。
海外協力隊の説明会
たくさんの人たちが来場し、若い人が多かったように思います。前半は協力隊の活動のVTRを見たり、協会の偉い人の挨拶があったりした後に、実際に現地に行って帰ってきた人に直接話を聞くことができる座談会が2回行われ、10数の職種などに分かれたのですが、私はとりあえず、誰でもいいから話を聞いてみたかったので、自分がしてきた一番近い分野の障害児・者支援でトンガに行ったという人の元に行って話を聞くことになりました。トンガは南半球の島国で、時間的な縛りは日本のようにきつくはないとのことでした。その他の人たちから、いろいろな質問が訊かれその方との座談会は終わり、もう1回別の所に行くことになりました。先程の人が女性だったので、今度は男性の人に話を聞いてみたいと思い、中米のドミニカに作業療法士としての活動を終えてきたという人の元で話を聞いてきました。ドミニカは日本より治安が悪く、銃社会で、公用語もスペイン語だったということで、赴任した当時はかなりの不安があったということでしたが、全然話せなくても、そこに数ヶ月住んでしまえば、身振り手振りなどで、日常のことは大体やり取りできてしまうので、あまり心配することはないということでした。
私を取り巻く現時点での問題
私は現在、生活保護受給者ということで、この身分で行けるのかどうかということがひとつ。もちろん、この2023年春募集に応募しようという気はありません。また家族の同意が必須ということで、早速、九州に住む父にどう思うか訊いてみたところ、長文の答えが返ってきました。それもそうですよね。それから、まだ問題はあります。病院の医師が何と言うかです。私はうつ病の薬を常時服薬していて、先入観かもしれませんが夜はその薬がないと眠りにつけないとさえ思っているところがあるということです。医師がどんな答えを出してくるのかも心配の種だということもあります。あとは、英語(英語ではないところもある)などの語学の問題です。オンライン交流会などにも積極的に参加して、英語でのコミュニケーションも取れるようになっていきたいと思います。繰り返しますが、今年の募集に応募する気はありません。また方向性ですが、障害者・児支援、高齢者支援などを志望しようとも思っていますが、まず受かるかどうかも分かりませんし、どういう支援ができるのか、行くことになればどこになるのかも何も分かりません。実際、先にお話したトンガに派遣された人は、自分の希望ではなかったとのことでした。そんなことを最近考えるようになった私の話でした。