内向性 × テキーラ
雑談が苦手な僕。
もう一つ、苦手なのが、断ることだった。
特に厄介だったのが大学生のときの部活や、学部の飲み会である。
何故か、乾杯のときにビールを一気飲みしないといけないという暗黙のルールがあった。
空のコップには、すぐに誰かがビールを注ぐのだった。
会話がうまくできない僕は、
「あざーす」
と、くいくい飲み続けるしかなかった。
地味に、アルコールに強い体質であるため、ひたすら、ビールを流し込む時間が続く。
次第に頭が痺れてくる。
よっている先輩が話しかけてくる。
会話が苦手な僕。ずっと聞き続ける。
よっている先輩が、「お前だけだよ、俺の話を聞いてくれるのは」と泣き出す。
そんなことを言われても、痺れた頭では、どういう話をされているのか分からず、話を切り上げて立ち去る術がないから、とりあえず、ウンウンと頷いていただけなのに。
こうやって、勝手に泣き出したり、勝手に感謝されたり、勝手に一緒に踊らされたり・・・不思議な時間であった。
そして、内向的な僕にとって、アルコールの存在が、もしかしたら、内向性を克服する一つのツールになるかもしれないと思った。
内向的な僕は、ついつい、一つのことを深堀りしてしまう癖がある。
アルコールに、外交的になれる可能性を見出してから、お酒についての本や情報を読み漁った。
当時、村上春樹の小説を読んでいたせいで、ウィスキーとビールに特に惹かれた。
リカマンに行って、何十種類のビールを買い込み、連日、ビールの飲み比べをした。
ビールには、上面発酵や、下面発酵、酵母をろ過するものや、酵母が入ったものなど、種類が豊富である。
味も、酸っぱくて吹き出しそうになるものや、水じゃないか?と思うほど味の薄いものもある。
ウィスキーは更に、種類が豊富で、パンチがあり、繊細だった。
蒸留所や歴史についての知識が増えるごとに、イメージが頭の中をくるくる巡るようになった。
海岸沿いの蒸留所で作られたものには、海と塩風を感じた。
ピートの強いものには、ピートで燻す、素敵なおじさんが頭の中で動き始めた。
アメリカのバーボンの、やけに薬品みたいな味に、欲望と暴力の歴史を感じた。
バイトでためたお金をほとんど、ビールとウィスキーの研究に費やした。
水筒にウィスキーを入れて、講義中にもちびちびとやっていた。
今思えば、アルコール依存症の一歩手前だったのかもしれない。
ウィスキーとビールの次は、「バー」というものに興味をもった。
初めてのバー。
緊張して、どういう服を着てよいか分からなかったので、スーツで行った。
緊張した喉に、アードベックのショットが、しみた覚えがある。
薄暗くて、静か。心地よいジャズがBGMで流れている。
なんて、気持ちの良い空間だろうと思った。
週末に、「バー」に行くことが習慣になった。
リカマンに置いていない、ビールやウィスキーをたくさん飲んだ。
ウィスキーの蘊蓄を、ボソボソとバーテンダーのお爺さんと話した。
会話が楽しいと思ったのは、久しぶりだと思った。
ある日、バーでよく合うおじさんが、「若いんだから、バーじゃなくて、たまには、クラブにでも行ってきなよ」と、穏やかな顔で言ってきた。
僕も、大学生だったから性欲を刺激する「クラブ」という言葉に、惹かれてしまった。
内向的なくせに、変な行動力湧いてきた。
これを、空海和尚が言う、性エネルギーというものなのだろう。
ウィスキーが、何杯も注入された痺れた頭で、クラブへと向かった。
仁王立ちする、黒人の門番?に、ドキドキしながら、免許書を見せてお金を払うと、2杯分のドリンク券を手渡され、手の甲に、あやしいスタンプを押された。
中に入ると、大きな音が鳴り響き、男女がひしめき合っていた。
怖くなって、見回すと、カウンターでゆっくりと飲んでいるおじさんが目に入った。
見習って、カウンターに座った。
バーテンダーが飲み物はどうするか聞いてきた。
すると、若い女が二人声をかけてきた。
「わたし、テキーラ飲みたいんだけど・・・」
性エネルギーにつき動かせれている頭の痺れた内向的な男には、反抗する力が残っていなかた。
「いいよ」と、二つ返事で承諾し、バーテンダーに、テキーラを3つ注文してしまった。
ショットグラスに、輪切りのレモンが掛けられ、テキーラが注がれる。
慣れた手つきで、女二人は、グラスを指で挟んで、宙に掲げる。
「かんぱーい」と、知らない女たちとグラスを合わせる。
カチンと音がする。
女二人は、一瞬でグラスを空け、レモンを齧る。
吐き出したレモンの皮をグラスに放り込み、「ごちそうさま」と手を振って去っていった。
動物園のヤギの餌やり体験みたいだなって思った。
違うのは、空海和尚の言う性エネルギーが下の方で渦巻くことだ。
和尚は、このえげつないほど大きなエネルギーを世界のために使えと言っていた。
それが、大我だと。
(僕の勝手な解釈です。)
テキーラが喉と胃を熱くする。
激しい音が、心臓の鼓動と共鳴する。
ここに、ハマったら、どうなってしまうのか。
恐怖と、興奮がとぐろを巻いて上昇してくる。
家に帰って、本棚から太宰治の「人間失格」を取り出した。
読みながら、太宰さんは、全然失格じゃないよな、って思ったのを覚えている。