見出し画像

風呂場で吊るしてあるならそれは鳥よけではない話(禍話リライト/忌魅恐NEO)

僕が学生の頃なんで、二〇〇〇年くらいの話ですよ。
あの頃ってまだ、カメラ付きケータイも出てきたばっかだったじゃないですか。画質も全然で。
どっか行って写真撮るときって、まだまだ普通のカメラが主流でしたよね。

同じサークルにA君って子がいて。ちょっと気が弱いタイプだったんです。
僕ら写真系のサークルで。
写真「部」じゃないってところがミソなんですよ。わかるでしょ。
要するにゆるい、半分飲みサーみたいなところです。

ああいうとこって、絶対チャラい先輩がいるじゃないですか。まぁ、そうじゃなかったら飲みサー化してないですよね。
で、A君はその先輩にちょっと嫌な感じの絡まれ方してたんです。そこまで深刻じゃないけど、パシられたり、女の子がいるときだけキツめにいじる、みたいな。女の子帰ったら「ごめんごめんw」って雑なフォローでごまかす、みたいな。

ある日、どういう流れだったかわかんないんですけど、その先輩がA君に変なこと吹っ掛けたんですよね。
お前ちょっと一人で心霊スポット行って来いよって。
ほら、あの頃って心霊番組とか流行ってましたし。何だっけ、US○ジャパンとか。

先輩はある廃屋に行くようにA君に言ったらしいんです。
A君もクソ真面目というか、そんなのほっときゃいいのに、律儀に行ったらしくて。
先輩は自前のお高いカメラだけA君に貸して、○日までに写真撮ってカメラ返しに来いよ、って言ったらしいんですよ。

そうやって勝手に決めた期限の翌日、僕がサークル室に行ったら先輩が不機嫌そうに座ってました。
「夜まで待ってたのにさぁ、Aのヤツ結局来なかったんだよ」って怒ってて。
誰かが、たとえ廃墟でも不法侵入だし諦めたんじゃないですかー?って正論言ったら、何だよ、俺が悪いみてーじゃん、とか返してきて。相変わらずクズだなーって。


暇だったし、その場にいた何人かでA君のアパートに行ってみたんです。もちろん先輩も一緒に。
そんでインターホン押したら、A君いるんですよ。
「はーい」って普通に出てきて。
「おはようございまーす、あれ、朝からなんスか」みたいな感じで。

A君の性格だったら、いやたぶんA君じゃなくても、その状況で先輩が家に来たら申し訳なさそうにするじゃないですか。
でもそのときのA君、何にも悪びれた様子なくて。
「なんスかじゃねぇよ、お前××の家行って写真撮ってこいっつったじゃねぇか」
先輩が凄んだら、
「あー、そっかァ!ごめんなさい、すっかり忘れてましたァ」

そのとき、変だなって思ったんです。いつものA君だったら、もっと先輩にペコペコするんですよ。
なのにその日の彼は、話し方も態度も妙にフランクで。
一応丁寧語ではあるけど、同級生と話してるみたいな感じで。

部屋の奥に引っ込んだA君は、すぐに先輩に借りたカメラを持って戻ってきました。
すんませんすんません、これですよねェ、って言いながら、そのままナチュラルにカメラで先輩の頭を殴打したんです。

それ、別に怒ってるとかじゃなくて。
「これですよねー?」とかごく普通の口調で、ごく普通に殴ってるんですよ。
僕ら一瞬呆気にとられて。
三回目のカメラが振り下ろされるかな、ってくらいでようやくみんな我に返って、A君を止めました。

当たり前ですけど流血沙汰ですよね。
先輩も突然の出来事に理解が追い付いてないみたいで。
というか、そんなふうに何でもない感じで急に人殴りだすA君が怖すぎて。先輩連れて、慌てて逃げ帰りました。

客観的に見たら立派な傷害事件なんですけど、先輩の日頃の態度もあったし、何より先輩めちゃくちゃ凹んでて。
変に痛み分けみたいな感じになって、警察に行こうとは誰も言い出さなかったです。
適当な理由つけて診察だけはしてもらって。

幸い、先輩の怪我は見た目ほどひどくはなくて。
二、三日して、もちろん完治とはいかないけど、だいぶ良くなったみたいでした。
A君はというと、あの日からサークルに来てませんでした。

あのときは怖かったけど、さすがに心配するじゃないですか。
それでサークルのやつの何人かが、それぞれ時間のあるときにA君を訪ねてみたんですよ。

A君ちのインターホンを鳴らすと、普通に在宅してるんです。
それで普通に「はーい」とか言って出てきて対応してくれるんですけど。
明らかに何かおかしいんです。

普通、「ピンポーン」って鳴ったら出てくるまでに少し間があるじゃないですか。
当たり前ですよね。玄関のドアに着くまでのタイムラグがあるわけだし。

A君はノータイムで出てくるんですよ。
「ピンポーン」「はーい」って。

たぶん、玄関にいるんです。ずっと。
深夜とかに訪ねてもそうなんです。


その話が広まるにつれて、「これさすがにやばいんじゃないか?」ってなってきて。
みんな気になって、先輩に聞いてみたんです。どんな家に行かせたんですかって。

先輩が言うには、そこは全然幽霊屋敷とかじゃないそうです。
子どもがいない高齢の夫婦が住んでて、何年かのあいだにどちらも亡くなったってだけで。年相応の病気か何かで。
何の事件性もない、本当にただの空き家なんだそうです。
たまたま先輩の家の近所にあったから、適当に「おばけが出る」とか言って行かせたんだって。

で、サークルの連中でその家見に行ってみたんです。昼間に。
先輩はただの空き家って言ってましたけど、実際に行ってみて気が付きました。
あぁ、先輩、察し悪いなって。

その家、住宅地の一角にあったんですけど。
周りの家々はおそらくリフォームとか建て替えとかで綺麗になってるのに、明らかにその家だけ取り残されてるんですよ。
この辺は同じ不動産屋が一帯を管理しているはずで。
よっぽど権利で揉めてるみたいなこともなさそうだし、普通は更地にしたり、建て替えたりするんじゃないかって。
なのにその一軒だけが朽ちた廃屋になってて。
遠目に見ても、その区画はちょっと異様でした。


ちょうどその頃先輩からサークルの連中に連絡があって。
A君が撮った写真を現像に出していたものが返ってきたそうなんです。
まず僕らはA君がちゃんと写真を撮ってたってことにびっくりしたんですけど。
先輩は「一人じゃ見れない」とか言ってきて。自分で行かせたくせに。
それで、一部の物好きなやつらが先輩と一緒に見ることになったんですよ。

写真を見るって言って決めてた時間は、たしか夜だったと思います。
僕は見る気はなかったけど、その日サークル室に行く用事があって。
それで鉢合わせないように、一時間後くらいに行ってみたんです。

大学のサークル棟の前に着いたら、うちの部屋の電気は消えてました。
もう帰ったのかと思って部屋まで上がって行ったら、まだみんないるんです。
真っ暗な中で、全員お通夜みたいになってて。

「ちょ、明かりくらいつけましょうよ」ってスイッチに手をかけたら、
「明かりつけたら写真が見えちゃうだろ」とか言うんですよ。
何言ってんの?写真しまえばいいのに、って思ったんですけど。


あ、たぶんこれ、机に写真並べたまま、片付けるのすら怖くて。
とりあえず電気消したけど、そのままどうしたらいいのかわからなくなって。
それでみんな動けなくなってるのかなって。

どんな写真が出てきたらそんなふうになるのかわからなかったんですけど。
とりあえず見てみないことにはわからないじゃないですか。

だから勇気出して、明かりつけて写真見てみたんです。


A君って、最初にも言った通り大人しいタイプで。
そこまで親身になってくれそうな友達もいないんですよ。
しかも例の家の話は、先輩がかなり尾鰭をつけたせいでみんな怖がっちゃって。だから同行者なんていなかったはずなんです。

なのにまず一枚目にA君が写ってるんです。
明らかに、自撮りとかじゃなくて。
庭みたいなとこに立って、玄関のドアに手をかけるA君。
を、明らかに誰かが後ろから撮ってる。

ドアの隣には窓があって。
目を凝らしたら、窓ガラスに誰かがぼんやり写ってるんです。
カメラを構えた、男性らしき人で。あ、これが撮影者かなって。
よくよく見たら、隣にもう一人いて。
もしかして三人で行ったの?って。A君、そんなに連れて行ける人いたのか?って。

その後の写真も、基本的にA君が被写体なんですよ。
やっぱり絶対に自撮りじゃできない角度で。

で。あの、これ信じてもらえなくてもいいんですけど。
次の写真へ次の写真へと繰るにしたがって、どんどん同行者が増えていくんです。

いよいよ建物の中の写真になって。
そこまで来たらもう、建物に入るA君を「中から」撮ってる写真なんですよ。
だめじゃないですかそんなの。撮影者が先に入っちゃってる構図になってるんですよ。
よくあるだめなフェイクドキュメンタリーみたいな。
入ってきたA君はちょっと半笑いで。
で、その後ろからわらわら四人くらいついてくるんです。
全員黒いシャツみたいなの着てて
「ちょっとちょっと」
顔とかが見えたら嫌だ「もうだめだよこれ」もうそれ以上は見れない
とりあえず写真をかき集めてひとまとめにして「いいから早くしまえ!!」

「その隅に置いてあるやつが一番やばいんだよ」
半ばパニックで写真まとめてたら、うずくまってた先輩がぼそっと言いました。
これ以上何なんだよ、と思って思わず目をやってしまって。

それ、パッと見はA君しか写ってませんでした。
これ以上謎のギャラリーが増えていったらと思ったら怖くて。でも、見たところそうではなさそうだったので、ちょっと安心して見ちゃったんです。
「これが何です…」
か、までは言えませんでした。


おそらく隣の家に面した壁が崩れていたんだと思います。
隣の家の窓が直接見えてて。
室内の壁のタイルとか、窓の感じ的に何となく風呂場っぽいなって。
その窓際に。
田舎の田んぼとかにある、赤と黄色の。
でっかいカラス避けの目玉が描かれた風船が吊るしてあって。
それがA君たちのいる家を見てて。
A君がめちゃくちゃ笑顔で、それを両方の人差し指で指し示してて

「お前のせいだろ!!!!!」
気付いたら先輩を怒鳴りつけてました。周りでお通夜みたいになってたやつらも、僕の声でハッとなって。
全員で無我夢中で写真かき集めて、ネガも全部出させてみんな燃やしました。


A君は結局サークルに来ることはなくて、そのまま大学を辞めたらしいです。
先輩を殴ってしまって申し訳ない、みたいなことは言ってたらしくて。
でもその後、どこかの大学に入り直して、今は普通の生活を送ってるみたいで。
あれからすぐ先輩もサークルを辞めました。
一番チャラい人が辞めたおかげか、そこからはうちも割とちゃんとした写真サークルになりました。まぁ、めでたしで良いんですかね。


そんなこんなで、あれだけ怖かったA君の話も、うちのサークルでは思い出話みたいになってきたんです。
一年ぐらい経って、後輩たちに冗談混じりにその話をできるぐらいにもなって。
ある日後輩の一人にA君の話をしたら興味を持ったみたいで。
「その人どんなところに住んでたんですか?」って聞くので、その子連れて久しぶりに行ってみたんですよ。A君が住んでたアパート。

彼がもう引っ越してたことは知ってました。二階建てのよくあるアパートで。
「ここ、ここ」って言いながら後輩と一緒に階段上がってったんです。
A君のアパート、大学も近いし家賃もけっこう安くて人気物件だったんですよ。僕も遊びに行くたび、良いなーって思ってたんで。

それなのに、A君が住んでた部屋だけ空室のままだったんです。

何だか怪談の後日談としてはそれらしさがあるな。
そう思って、「もしかしてまだ何か棲みついてるんじゃね?」とか言いながら後輩と笑ってたんですよ。後輩も「やめてくださいよー」なんて言って。そう言いながら帰ろうとしたときです。


ふとアパートの隣の家が目に入って。
それは二階建ての民家で。
ちょうど、A君が住んでた部屋のベランダに面したところの窓に。
赤と黄色の。
カラス避けのあの巨大な目玉が。
A君の部屋の中を見張るように吊るしてありました。


それが見えた瞬間、二人して全速力で逃げ帰りました。


あれって何なんですかね。魔除けとかなんですかね。
隣の人は知らないはずなのにね。不思議ですよね。

同じ「何か」に対処するために、
たまたま同じものにたどり着いたってことなんでしょうか。



この記事は、禍話インフィニティ 第三十九夜(2024/04/13配信)より忌魅恐NEO「風呂場で吊るしてあるならそれは鳥よけではない話」(1:05:03頃~)を再構成・加筆したものです。

記事タイトルはwiki(https://wikiwiki.jp/magabanasi/)からお借りしています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?