見出し画像

駄菓子ツアーの話(禍話リライト/忌魅恐NEO)

これは私の地元の人から聞いた話で。私自身はそのエリアにはあまり詳しくないんですけど。
 
この話をしてくれた人を、仮にAさんとしておきましょうか。私と同年代なので、40代くらいだと思います。
テレビだか動画サイトだかで駄菓子をたくさん買うみたいな企画を見かけて、いいなって思って。懐かしいなー、あれまだ売ってたんだー、とかって。
そういえば俺も小学4年生くらいのときに、クラスの友達と3人で「駄菓子ツアー」なんてのをやってたなー、なんて思い出したらしいんですよ、その人。
でも途中でぷっつりやめてしまったような記憶があって。どうしてだったか思い出せないんですって。まあ子供ですから、せいぜい飽きたとかお金が続かなくなったとか、そんなことだったかなって思いながら。
 
で、ふと携帯電話のアドレス帳を見てたら、あることに気付いたらしいんです。
Aさんはずっと地元に住んでるんで、子供時代の友達の連絡先もかなり持ってるんですよ。
Aさんが通っていた小学校は2年ごとにクラス替えをする学校で、3年に上がるときと5年に上がるときにクラス替えをしたから、Aさんのなかで当時の友達の記憶は2年ごとにグループ分けされていたみたいなんですね。

で、気付いたことというのは、小学3・4年のときの友達の連絡先が全然ないなってことだったんです。1・2年のとき仲の良かったやつらと、5・6年のときに仲の良かったやつらの分はあるのに、3・4年のときの友達のは残ってない。
当時いじめがあったとか、そういう人間関係のトラブルもなかったはずなので、変だなって。
 
ちょっと気になって、ずっと実家暮らしのAさんは、小学生時代のアルバムとかクラス文集なんかの類を引っ張り出してみたんですって。
でもクラス文集は1・2年のときのものしか見つからなくて。3・4年と5・6年のがない。
そこで卒業アルバムのなかから、一緒に駄菓子ツアーに行ってたの、こいつとこいつだったっけな…?って当たりをつけようとしたらしいんです。
ただ彼らの苗字もけっこうありふれたもので、同じ苗字の児童が何人もいるし、なぜか下の名前もあやふやで、いまいちピンと来なかったみたいなんですね。
 

そんなある日、小学5・6年のときから中学まで仲の良かった友達とばったり街中で会ったそうです。喫茶店かなんか入ってどうでもいい話した後に、Aさんはふと駄菓子ツアーの話をしてみたんですって。
そしたらその友達が、
 
「え、駄菓子ツアー?なに、お前ら隣の地区まで行ってたの?」って。
 
「いやいや、うちの地区だけだよ」ってAさんが答えたら、
 
「ツアーもなんも、この町に駄菓子屋なんて1軒しかないじゃん」
 
「○○屋さん」という具体的な駄菓子屋の名前を挙げながら、友達がそう言うんです。
スーパーの駄菓子コーナーとかも回ってたの?って聞かれたんですけど、Aさんの記憶としてはそういうことはしていなくて。
友達が挙げた「○○屋さん」の他にも駄菓子屋さんが2軒あったはずなんですって。その名前までは思い出せなかったんですけど。
 
当時Aさんは自転車に乗れなかったし、子供だけでバスに乗って出掛けることもなかったから、隣町まで行っていたはずもなくて。あくまでその地区の中にあった3軒の駄菓子屋を巡っていたはずなんだそうです。
しかしその話をしても、友達は「うちの地区には○○屋さんしかないよ」と言うばかりで、要領を得ませんでした。
 

変に思ったAさんは家に帰ってから、2軒の駄菓子屋の詳細を思い出そうとしました。
 
そのうち1軒は、半分のスペースでは麩菓子とか粉ジュースとか、そういうただの駄菓子を売っていたんですけど、もう半分のスペースでは、今思い返してみると、たぶん画材かなんかの類を売っていたんじゃないか、と思ったそうです。
薄暗い店内に、すごく平べったい、細長い引き出しがずらーっと並んでいて。子供心に「これ何だろうな?」って思っていて、でも駄菓子じゃないからそちらの売り場に行くことはなくて。
一度そっちの売り場にもお客さんがいるのを見たことがあったそうです。引き出しをガーッと開けて中を見ていて、大きめの一枚地図かなんかを見ていたのかな、とAさんは思いました。
そんなもの駄菓子と一緒に売るには妙ですけど、でも絶対それはあったって。
 
もう1軒については、ちょっと記憶が曖昧みたいなんですけど、駄菓子と一緒に線香みたいなものを売っていたそうです。
色とりどりで花火みたいだったから、店のおばあちゃんに尋ねたら「それはお線香だよ」と言われて、それならいらないな、と思った記憶があるそうで。
これも画材だか地図だかと同じで、よく考えたら駄菓子と売るには明らかに変です。
2軒の駄菓子屋の記憶をたどってみた結果、とにかくどちらもおかしな店だったということしかわかりませんでした。
 

それからしばらくして、Aさんの小学校の同窓会があったそうです。
大した事ではないものの、やはり「駄菓子ツアー」のことが気になったので、Aさんは卒業アルバムで見当をつけた例の友達2人に聞いてみようと思っていました。
しかしAさんは当日になって風邪を引いてしまい、同窓会に参加することはできませんでした。
そこで代わりに別の友人に頼んで、例の2人に駄菓子ツアーのことを聞いてもらったのだそうです。
 
2、3日後、回復したAさんはその友人に彼らの答えを聞いてみました。するとその友人は次のように答えました。
 
「それがちょっと変な感じでな…。あのリアクションからすると全く知らないっていうことじゃなさそうなんだけど、なんだか「触れてくれるな」みたいな雰囲気でさ」
 
お前もしかして変なことしたんじゃないの?万引きとかさ!と友人がAさんを茶化し、そんなことしてないって!とAさんも笑って言い返して、ちょっと和やかな空気になったのですが。
友人は「でもそのくらいあってもおかしくないくらい、なんだか「負の記憶」って感じだったよ。思い出したくないっていうような」と続けるのでした。

Aさんには全く心当たりがありませんでした。友人の報告に、Aさんは得も言われぬ気持ち悪さを感じたそうです。
 

そのときAさんは、ふとある事を思い出しました。そういえば当時「駄菓子ツアー」の記録を付けていたな、と。
文集さえ残っていなかったのだから見つかるかどうか確証はありませんでしたが、休みの日に家中をひっくり返して、子供時代の思い出の品を掘り返してようやく、Aさんはそれを見つけました。
 
それは段ボール箱の底に入っていました。
「なんとか学習帳」の表紙に、水性マジックの少しよれた字で「だがしツアー」と書いてありました。
「ツ」もちょっと「シ」に近いような、子供が書いた字で。
 
あ、そうそうこれこれ。思い出した。そう思って1ページ目をパッとめくると、今もこの町にある「○○屋」の名前があって。
小学生の大きな字で、そこで何を買ったかとか、その感想なんかが書かれていました。「甘すぎる」とか「まずい」とか。それは紛れもなく「駄菓子ツアー」の記録でした。
 
それから次のページを捲って、えっ、って思ったそうです。
そこにはたしかに2軒目と3軒目の駄菓子屋の名前が書いてあったんですけど。書いてあったはずなんですけど。
その箇所は上からボールペンで、ギュギュギュッ、って強く塗りつぶされていたそうです。鉛筆で書かれた文字の跡ごと塗りつぶすみたいに。で、その横に
 
「この町には駄菓子屋は1軒しかありません」

って書いてあるんです。 
その後のページも同様で、「○○屋」の名前はそのままにしてあるんですけど、2軒目、3軒目と思しき駄菓子屋の名前はすべて塗りつぶされていて。
横に丁寧な、綺麗な字で「この町に駄菓子屋さんは○○屋さんしかありません」って書いてあるんですって。
 
お母さんの字だって言うんですよ。
 
Aさんのお母さん、字が綺麗な人で。すぐにわかったそうです。
わかった瞬間「うわっ」って思って。え、え、ってページ捲り続けても、全部そんな感じで。
 
一番最後のページには、おそらく他の2人と思しき拙い子供の字で、「○○屋さん以外は行ってません」みたいなことが書いてありました。
親指だかに赤いインクを着けて、拇印みたいなものまで押してあって。
それが念書みたいで。
 
え、何これ、ってパニックになって。Aさんその日もう熱出しちゃって。
そのときお母さんも家にいたんですけど、怖くて何も聞けなくて。そのまま部屋で寝込んでたみたいなんです。
 
Aさんが2階の部屋で寝ていたら、階下で固定電話が鳴りました。
お母さんかお父さんが出たみたいで、はい、はい、ってしばらく話していて。
その少し後に階段を上る音がして、Aさんの部屋の前までやって来ました。
お母さんでした。
 
嫌だなって思いつつ返事をしたら、お母さんがドアを開けて「あのね、――君と××君がね」って。
駄菓子ツアーに一緒に行っていた2人の名前でした。
 
「――君と××君がね、お前とはたしかに3・4年のとき同じクラスだったけど、ほとんど交流なかったし、一緒に帰ったりしたこともないって。それだけは間違いないから、伝えてくれって。そういう電話だったよ」
 
「…あ、そう」
Aさんはそう答えることしかできませんでした。
え、何その電話、って思って。
気持ち悪いじゃないですか。お母さんの口からその2人の名前が出るのも、それこそ何年振りだって感じだったのに。急に何その電話、って。

Aさんはとてつもなく怖くなって、それから2、3日は寝込んでたらしいです。カーテンも閉め切って。
 
長く寝込んでたりすると、時間の感覚狂ってきたりするじゃないですか。
急に階下から「ねえ」とお母さんに呼ばれて、Aさんは目を覚ましました。
何?と返事したら、ちょっと近所のスーパーに買い物に行ってくるからって。
時計を見たらお昼頃だったそうです。わかった、と答えると、お母さんは出掛けていきました。
お父さんは仕事に行っていたので、Aさんは家に一人になりました。
 

それからまたしばらく眠ってたら、急にゲホゲホ、ってものすごい噎せる感じで目が覚めたそうです。
なんでこんな噎せてるんだ?って思ったら、部屋の中、お香がすごかったらしいんですよ。
線香をものすごくたくさん焚いているような、そんな煙が口の中にまで入ってきたような感触が残っていて。
でもばっと起き上がったら、そんな線香焚いていた痕跡なんにもないんです。
 
気付いたらいつのまにか外は薄暗くなっていて、お母さんが買い物に行ってからかなり時間が経っていたようでした。
怖くなったAさんは、1階に降りようと部屋を出ました。しかしなぜか階下は真っ暗でした。
昼頃に出掛けたお母さんはもうとっくに帰ってきていてもおかしくないのに。

「あれ、お母さん?」と1階へ降りていくと、真っ暗な中、声が聞こえてきたそうです。
仏壇のある部屋からでした。お母さんの声で、ぶつぶつ、ぶつぶつ、って。
 
そっと扉を開けると、お母さんは仏壇に手を合わせて何かを唱えていました。
何してるの?と声を掛けても、お母さんはぶつぶつ、ぶつぶつ、をやめません。
言葉が途切れないので、最初は何を言っているのかよくわかりませんでした。
内容を聞き取ろうと近付いていって、Aさんはようやく母親が唱える言葉の意味が理解できたそうです。
 

「この子は見ず知らずの誰もいない家に入っていってその仏壇に供えてあるお菓子を食べるような子じゃありません」

 
そういうような意味のことを、お母さんは真っ暗な部屋の仏壇に向かって、ずっと呟き続けていたそうです。
 
うわ、と後ずさりすると、ちょうど部屋の外から車のヘッドライトの灯りが入ってきました。仕事から帰ってきたお父さんでした。
家に入ってきて「わ、なんでこんな真っ暗なんだ?」と言うお父さんに、Aさんは「お母さんが変なんだ」と事情を説明しようとしました。

しかし仏壇に手を合わせて一心不乱に言葉を唱えるお母さんを一瞥すると、お父さんはAさんを見て言いました。
 
「お前、箱の底にあったノート見たろ?」
 
思わぬ言葉に茫然とするAさんをよそに、お父さんは続けました。

あれな、捨てようと思ったんだけど、捨てちゃいけないって言うからさ、箱の底にしまっておいたんだよ。しまっておいたのに、なんでお前見るんだよ。あれホッチキスで留めてただろ?ホッチキスで留めれば大丈夫かなって思ってたのに、お前勝手に開いちゃうんだもんな、子供のときな。お父さんまた綴じたんだけどさ。お前子供のときあんなちっちゃかったのにさ、どうやってあんな押し入れの高い位置に登って、どうやってあの箱開けたんだろうな。な?
どうやってもだめか。
 
——そう父親にまくしたてられた瞬間、Aさんはそのまま家を飛び出して、遅くまでやっているスーパーまで駆けていって、店の前で不良みたいに座りこんでいたそうです。
 

しばらくして家に戻ったら、普通に灯りがついていて、普通に両親がご飯を食べていて、「おぉ、どこ行ってたんだ?」くらいのものでした。
 
まあ、その後実家は出たんですけどね。とAさんは言いました。
 

Aさんの実家がある場所は、例の人形遊びの家がある地区と近いんだそうですよ。
 
 


この記事は、禍話アンリミテッド 第二十一夜(2023/6/10配信)より 忌魅恐NEO「駄菓子ツアーの話」(48:19頃~)を再構成・加筆したものです。

関連する「仏蘭西人形の部屋」の話は同配信の23:37頃~聞くことができます。リライトを投稿されている方もいますので、ぜひご一読ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?