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外から何かを開ける音がする話(禍話リライト/忌魅恐NEO)

マンションの外廊下って、よく聞いてるといろんな音が聞こえてくるんですよね。
急な休みとかで、普段学校や仕事に行っている時間帯に珍しく家にいると、思わぬ音が聞こえてくることがあります。
まあ、だいたいはガスメーターの確認とか、宅配の人が荷物を置いていく音なんでしょうけど。
自分の知らない間にこういう音がしてたんだなって。自宅のことってよく知っているようで、実は知らないこともたくさんあるんですよね。

最近気付いたんですけど、かくいううちのマンションも、午前3時とか4時になると外廊下を箒で掃く音がするんですよ。
うちのマンション、共用部分の廊下が完全に外に面してるタイプなので、最初は風の音かなって思ってたんですけど、どうも違うんですよね。
聞けば聞くほど「誰かが箒で廊下を掃く音」なんですよ。午前3時に。

今回の話も、そういう「マンションの外廊下から聞こえてくる謎の音」についてのお話です。

この話をしてくれた人は私と同世代かな。怖いっていうか、よくわからない出来事として話してくれました。


その人が学生時代に住んでいたマンションも、同じように共用部分の廊下が外に面しているタイプだったそうです。

ある日、その外廊下から物音が聞こえたんですって。
深夜1時くらいだったんですけど、「ガチャ」ってドアを開けるような音で。

「ガチャ」って鳴ったら、「バタン」って言わなきゃ駄目じゃないですか。
ドアは開いたら閉まる。
でも一向に「バタン」が来ないんですよ。
開いたっきりなんですって。

その時はあれ?って思ったんですけど、特に気に留めていたわけでもなくて。夜遅かったし、ドアが閉まる音を聞き届けないまま寝ちゃったのかな、なんて思っていたそうです。

でも、それからも同じ時間帯になるとその音が聞こえてくることがあったようで。
そうなるとだんだん音の出所が気になってくる。

「ガチャ」が聞こえた後、しばらく待ってからそっと外廊下を覗いてみたこともあったらしいんですけど、誰かの姿や開いたままの扉を見たことはなくて。
何のドアなんだろうと思って、メーターや非常用設備の扉なんかも触ってみたそうなんですけど、その人が聞いた「ガチャ」という音とはどうも違うようなんです。

いずれにせよ、「バタン」が聞こえないのは変なんですけど、まあ夜早めに寝れば良いだけだし、あまり気にしないでおこうと思ったそうです。


ある日、友達がその人の部屋に泊まりに来ました。
2人で遅くまでゲームをやっていて、そしたらやっぱり「ガチャ」って開く音がしたんですって。外廊下から。
例によって、扉が閉まる「バタン」がその後に続くことはありませんでした。

そしたら友達も気になったみたいで。
彼の名前、仮にクドウくんとしておきますけど、
「閉まんねーな、オイ」
って軽く笑いながらツッコんで。

「あー、そうだろ?」
「なんだろうなー、上の階からかな?」
「いや、わかんねぇ」

なんて言い合いながらそのままゲームを続けていました。

深夜2時頃になって、2人ともだいぶ集中力が切れて、プレイも覚束なくなってきたんですよ。
休憩しようかって話になって、近くのコンビニ行ってくるわー、ってクドウくんが部屋を出て行って。

その人はクドウくんが戻ってくるまで起きてるつもりだったんですけど、眠くなってきちゃったらしいんですね。
玄関に背を向けるような感じで、ベッドに寝転んでぼーっとしていて。
マンションはオートロックでもないし、部屋の鍵も開けっ放しにしてたからまあ寝ちゃってもいいか、なんて思って。

あー、あいつにどこで寝ろとか言うの忘れてたな、まあソファがあるし勝手にそこで寝るだろ。
なんて思いながらまどろんで。

そしたら背後で玄関のドアがガチャって開いて、


あー、あれ観音開きだったわ


って言いながら誰か入ってくるんですよ。
一度眠気が覚めて、「え、何が?」って玄関を振り返ったら、

そいつ「性別しか合ってなかった」って言うんですよ。クドウくんと。

男性だっていうことしか合ってない、顔も身長も髪型も違う、
全然知らないやつがそこに立ってて。

「えー、だからあの扉がさぁ」

って普通の調子で言いながら、親指で玄関のほう指すんですけど、全く知らないやつなんですよ。

「え……、誰?」

って聞いたら、「いや誰じゃねーよ、クドウだろ」って。

でも全然違うんです。声も何もかも。全部。


冗談だとも思えなくて、そうじゃなかったら完全に不審者なんですけど、その人怖くなっちゃって。
反射的に布団に潜り込んじゃったそうです。

そしたらクドウくんでもなんでもない「そいつ」も、「俺も寝るかー」とか「このタオルケット借りるなー」とか言いながら、ソファに寝転ぶような気配がして。

おそるおそる布団から顔出してみたら、ソファの上に人の形に膨らんだタオルケットが乗っかっていて。

もう部屋から出たかったんですけど、ベッドと玄関のあいだに「そいつ」の寝てるソファがあるから、怖くて通れないんですよ。

とにかく必死で「クドウ、早く帰ってきてくれ」って祈り続けたんですけど、
いつまで待ってもクドウくんは帰ってこなくて。

仕方ないから、傍に置いてあったキツいお酒を割らずに原液のままガーっと飲んで、無理やり寝落ちしたそうです。

で、翌朝7時くらいに目が覚めたそうで。
昨晩のことを思い出して、夢じゃないかと思ってバッとソファのほう見たら、やっぱり誰かが寝てるような感じでタオルケットの膨らみがあるんですよ。

嘘だ、と思ってタオルケットに手を伸ばしてみたら、そのまま
モフッ
って手が沈み込んだそうです。

うえぇぇ!気持ち悪い!
って、もう手とか洗いに行っちゃって。
だっておかしいじゃないですか。明らかに「誰か」が横たわってるように膨らんでたのに、触った瞬間崩れるなんて。

そういえば、結局クドウくんはどうなったんだろうって気になって。
で携帯を見てみたら、彼からメールが来ていたそうです。


「泊まるって言ったけど、悪いけど帰るわ」


何で急に?って思って続きを見たら、


「俺あんまりシリアスな状況得意じゃないんだよね」


え、どういうこと?
理解が追い付かなくて。

昨日の晩、クドウくんが戻ってきたらこの部屋が「シリアスな状況」になってたってこと?
意味がわからない。
それでもその一文がすっごく気持ち悪く感じたらしくて。

詳しいことはどうしても聞く気になれなかったそうです。
布団に潜り込んだ自分と、ソファの上で横たわる「何か」がいる部屋で、
クドウくんは何を見たのか。何を聞いたのか。
それを知るのが怖くて。


結局その日のことを聞けないまま、クドウくんとは疎遠になってしまったと言います。
周囲の話から察するに、クドウくんはあの日どうやらかなりきまりの悪い思いをしたそうなんですけど、
実際に彼が何を見たのか、何がそこまで彼にそう感じさせたのかはわからなくて。
彼との交流は途絶えたまま大学卒業を迎えました。


それから1年くらい経った頃でしょうか。
ある夜、急に学生時代の友人から電話がかかってきました。

「急にどうしたの?久しぶりー」
「ああ、今ちょうど帰りなんだけどさ、一応お前にも伝えておこうと思って」

「クドウっていただろ、あいつ亡くなったんだよ」

電話口の友人の話によると、クドウくんが急死して、ちょうど葬儀の帰り際だったということでした。
「お前、途中からあいつとちょっと仲悪くなっちゃっただろ。だから葬儀の連絡とかはしなかったんだけどさ、知らせておこうかなと思って」

病気や事故ではないということでしたが、死因はよくわかりませんでした。
詳しく尋ねるのも憚られて、そうだったんだ、連絡ありがとうと言ってその人は電話を切ったそうです。
交流はなくなっていたものの、やはり知人の突然の訃報に暗い気分になりました。


それからさらに2、3年が経った頃のことです。
その人の両親が、そろそろ終活を、という話になったらしくて。
とにかく一般的な墓地は手間がかかるから嫌だということで、永代供養墓だか納骨堂だかを検討することになりました。
そういうわけで、お盆休みを利用して、親子である納骨堂を見に行ったそうです。

実際に行ったことがない人も何となく想像はつくと思うんですけど、
ああいうところの、それぞれの遺骨を納めるところって、扉が観音開きになってるんですよね。

それまでにも、いわゆる観音開きの扉って、日常生活で何度も目にしていたはずなんです。
あの出来事があってから何度も何度もそういうタイプの扉は見てきたはずなのに、
なぜかその納骨堂の扉を見た瞬間に「ゾクゾクゾク」って怖気が立ったらしくて。

両親がスタッフに案内されながら、その観音開きの扉を開けようとするのがものすごく怖くて。
でもまあ、見学に来てるんだから当然開けますよね。
別に中に変なものが入ってたとか、そんなこと全然ないんですけど、
なぜかその人だけ、扉を開けるっていうその一連の動作が、怖くて怖くてたまらないんですって。

息子の顔色が悪いのを見て、親が死んだときのことを考えちゃったのかな、なんて両親が別の意味で解釈したらしくて、
気を遣ったのか「まあまあ、じゃあお前この扉閉めてみろ」
って言われたそうなんです。

ものすごく嫌だったけど、仕方ないから観音開きの扉に手をかけて、

扉を閉めた瞬間に


バン!バン!バン!バン!


って、ものすごい音が納骨堂に響き渡って。

自分だけじゃなくて、両親やスタッフや、他の来場者までみんなびっくりして上を見上げていました。

納骨堂の一番高いところにある窓が、明らかに人がやったとしか思えない調子で叩かれたんです。

そんな現象はここでも初めてだったみたいで、スタッフも困惑したような顔をしていて。
鳥が当たったとかでもなさそうだけど、建物が軋んだ音かな、なんてみんな話していて。

ただ、どうしてかはわからないんですけど、この話をしてくれた人は
「今、クドウが来たんだ」
と思ったんだそうです。

窓を叩くあの音が、クドウくんが笑ったときに何かを叩く癖と似ていたように感じられて。
でもどうして今、何のためにクドウくんが来たのか、
そしてどうして自分がその音をクドウくんと認めて納得しているのか、さっぱりわからなくて。

でもそれからは観音開きの扉を見ても何も感じなくなったし、おかしなことも起きていないそうです。

それを聞いて、私の知人のいつも何か一言多い人は「答え合わせが終わったからじゃない?」と言っていました。


余談ですけど、うちのマンションの向かい、葬儀場なんですけどね。
この話を聞いた翌朝、葬儀場からの出棺を知らせるメロディで目が覚めたんですよ。

時計を見たら朝の5時でした。
そんな時間にやってるわけないのにね。葬式。



【筆者による追記】
「禍話」の語り手かぁなっきさんのご自宅マンションで「誰かが箒で廊下を掃く音」がするというエピソードですが、私は小野不由美さん原作の映画『残穢』冒頭の「誰かが箒で床を掃く音」を思い出してしまいました。
それって本当に「箒で床を掃く音」なんでしょうかね。



この記事は、禍話アンリミテッド 第十九夜(2023/05/27配信)より忌魅恐NEO「外から何かを開ける音がする話」(54:22頃~)を再構成・加筆したものです。

記事タイトルはwiki(https://wikiwiki.jp/magabanasi/)からお借りしています。

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