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ゆらぎにゆらぐ

コミュニケーションって、むつかしいよねッ。

なんて、ちょっと意地のわるいフリーバッティングみたいな球を放らせていただきます。

先日、仕事の帰りに電車に乗っておりましたら、扉の近くでふたりの男たちがもめておりました。どこかの管理職に就きながらその肩書きに苦しんでいそうなスーツ姿のオジサンと、かたやどこかで一杯ひっかけてきたであろう来日一年目みたいな様子のいい外国人のニイチャンと。

パッと見た感じでもコンディションの差がありまして、私の目にはゴキゲンなニイチャンがよく乾いた薪雑把のうえでカチカチ火を切っているように見えたわけです。まして逃げ場のない電車内ですから、ポッと火がつけば大変だ。あれこれ思うまもなくオジサンがネクタイを緩めたのを機に、私もつけていたイヤホンを外して心のなかで消火器のピンに指をかけました。

かけました、というかもうピン抜いてましたし、なんならふたりまとめて泡洗体にかけてました。主にオジサンに対してはロハと思えないサービスも加えたりして。どうだい、ええ?どうなんだい、と。お仕事おつかれさまです、と。徳の高いお坊さんみたいに背中を撫でたりして。

こんなことはまるで日常の一コマにすぎませんし、ことさら揉め事の仔細を申し上げてどちらがどうだとかの是非を求めるつもりもありません。ただ、それまで自分の立場を懸けてジリジリと幾つもの駅を見送ったオジサンが、おそらく目的の駅ではないであろう次の駅で降りていった際のあの残念そうな顔が忘れられない。生意気を言われるだけ言われて、うまく言い返せずにあわやカッとなりかかったところを私みたいな馬の骨に制止されて。とはいえ、他の人も多く乗り合わせている公共の場ですし、それにハッと気づいたからこそオジサンも素直に聞き分けてくれたんでしょう。またどこかで会うことがあれば串八珍に行きましょうね、そちらのオゴリでね、なんて去り際に声をかけましたが、あれは果たして聞こえたかしら。

でですね、こんな話にも続きがありまして、あとで振り返った電車内の景色が個人的に厭ァな感じだったわけです。

何人かスマホで動画撮影してやん。

あれ何のためなんですかね。SNSにでも上げるンですかね。「ムクドリによる仲裁」みたいな動画を。私が立ったあとの席にしれっと座って、ジーッと撮ってた奴とかが。

さらに神経を逆撫でするかのように、さっきまで渦中の人だったほろ酔いのニイチャンがすぐ近くの席にどっかり座ったかと思うと、満面の笑みで私の腰をポンと叩いて、

「Thanks, Bro」


だってさ。

ユアウェルカムだよ馬鹿野郎。

なんだかモヤモヤしちゃって、後日ディスコードで友人たちにこれを打ち明けましたらクスリともせず、実に冷ややかなもんでした。

「でしゃばりすぎ」だの「世の中に期待しすぎ」だの。

ドライだねぇ君たちィ……。なにがあったのかなァ……。

それからたまらず兄ィに泣きつきましたら、

「そんなことより、ヤフオクで古い碁盤を買ったぞ。今度どうだ、一局。ルール知らねえけど」

なんだコイツらァ……。どうなってんだ畜生ォ……。

ってんでもはや青い火の玉となって最後にもぐずりこんだのは路地裏の小さな小料理屋でした。そこで隣り合ったのが覇気のない武田信玄みたいなオジサンで、この方がたいへんに良い方だったんですね。歯がね、もう何本も抜けているんです。だから齧った人参の糠漬けが無傷のまま口から出てきちゃうんです。それを見て自分でケラケラ笑っているんです。なのに、甲斐の虎そっくりなんです。そんなオジサンがニコニコ話を聞いてくれて、しまいには私の肩をポーンッと叩きながら、

「おまいさん、焼酎好きかな?おお、そうか。じゃあ、俺のボトルでやろう」

もう、ありがたくって、ありがたくって、

「Thanks, Bro」


なんて。

あ?って顔してましたけど。

とにかくね、腹が立ったら、素直に腹が立ったと言いたいし、うれしかったら、素直にうれしいと言いたいのです。大きく世を見よ、と幼少より父や学校から教えられましたが、世の中が分業で成り立っているように、結局は細部です。ニンゲンというものはですなァ…………おぉっと、よしましょう。

とにかく皆様、及ばずながらご健勝をお祈り申し上げます。甚だ僭越ではありましょうが、コミュニケーションですよ、コミュニケーション。忘れないで。

じゃあ、また。





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