鈴木エイト氏とは何者か③:統一教会追求の動機と経路
何故ジャーナリストとして評価されたのか
狭い世界観とカルト的思考で想像を膨らませ、真実とかけ離れた主張をしたり、簡単にガセネタに踊らされる傾向があるジャーナリストの鈴木エイト氏だが、ジャーナリストとして、それなりの評価を得ている。その理由の一つは、他の記者やジャーナリストがしてこなかったこと、できていなかったことを、してきたからだと思われる。
昨年来の騒動で、統一教会が関心を集めたが、統一教会と政治家の関係に関心をもって熱心に情報を集めて発信してきたのは、たしかにエイト氏ぐらいしかいなかったようだ。
昨年7月中旬以降、エイト氏は自らが収集してきたここ10年くらいの情報を多くの報道関係者に提供してきた。その点は、カビの生えた情報しか提供できなかった紀藤正樹氏や有田芳生氏とは決定的に違った。
エイト氏は統一教会と政治家の関係が注目されるようになると、「『統一教会系団体と関わりがある国会議員112人』リストを照会のあったメディアへ配布」するなどしたという。そうして徐々に大手マスコミ関係者がエイト氏に関心を持つようになったと思われる。
統一教会追求のきっかけと経緯
ところで、他の報道関係者が統一教会に関心を持たなかった頃、エイト氏が統一教会を追求してきたのは何故だろうか。
エイト氏の著書によれば、2002年6月にJR渋谷駅近くで行われていた統一教会信徒による勧誘活動を目撃したのがきっかけだという。ちょうどその前日にテレビの報道番組で統一教会の「正体隠し伝道」について放送していたこともあり、彼なりの正義感から「伝道阻止活動」をするようになったということらしい。
その後、エイト氏は「全国霊感商法対策弁護士連絡会(霊感弁連)」などと連携するようになり、2009年から『やや日刊カルト新聞』で執筆活動を開始、主に統一教会を担当し、2013年頃からは統一教会と政治の関りも追及するようになったとのことだ。
また2011年頃の鈴木エイト氏は「Anti Cult Activist エイト」と名乗っていた。「反カルト活動家」という意味だ。一方で、この頃から「ジャーナリスト」とも名乗るようになった。
エイト氏の統一教会追求のきっかけは、自らが言っているように「正体隠し伝道はけしからん」という彼なりの正義感だったかもしれない。しかし2009年に統一教会が「コンプライアンス宣言」をした後は、「正体隠し伝道」を暴くという彼なりの正義の行動をする機会がなくなっていったと思われる。一方で、信徒が選挙応援をしているという情報に何度か触れ、彼の関心は、見つけることが困難になった「正体隠し伝道」から「統一教会と政治家の関係」に移っていったのだろう。
エイト氏が政治家との関係に熱を燃やしたのは、かつての「正体隠し伝道」と似た感触を政治家との関係に感じたからなのかもしれない。統一教会と政治家との関係が表立って広く知られることがなかったからだ。
かつて伝道阻止活動をしていた時と同じ情熱で、今度は10年以上にわたって政治家との関係追求に勤しんできた。そして昨年来の騒動で、今までエイト氏が行ってきた活動がマスコミ関係者に一気に注目されるようになった。それが現在に至る統一教会追求の「動機と経路」と思われる。
<続く>