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1.出会うべくして出会う人
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第4話 「ぬくもりの継承」
東京渋谷区白駒地区にある、白駒池居宅介護支援事業所のケアマネジャーや、それに関わる人々、そして北アルプス山麓の人達の物語である。
【今回の登場人物】
月山信二 白駒地区地域包括支援センターのケアマネジャー
滝谷七海 白駒地区地域包括支援センターの管理者
秋元ユキ 月山が担当する独居高齢者
仕事においても
出会うべき人というのがある
それも、この人だからこそという人が
~今は亡きいぶし銀のような専門職T君を偲んで~
1.出会うべくして出会う人
秋元ユキからこの日の夕方、30回目の電話が鳴った。
デイサービスがない在宅の日は、多いときに60回は白駒地区地域包括支援センターに電話が掛かってくる。
秋元ユキの電話の内容は、「月山さんを出してください!」から始まる。
地域包括支援センターの主任介護支援専門員月山信二本人が電話に出ると、執拗に「お金を返してちょうだい!」「あなたが盗ったお金を返してもらわないと生活が出来ません!」と繰り返し訴え続け、長いときには一時間ほど月山は電話を切れずにいた。
月山が不在で他の職員が出ると「上司を出しなさい!」と怒鳴るのだった。
そこで管理者の社会福祉士滝谷七海が電話を代わると、「あんたのような上司がいるから、私のお金を盗るような部下ができるんです! あんたが代わりに弁償してちょうだい!」と訴え続け、やはり長い時には一時間ほど続くのだった。
二人ともいない場合は、「泥棒事業所!」と怒鳴って電話を切り、1分後にまた「月山を出せ!」と電話が掛かってくるため、この秋元ユキへの対応のため包括職員は疲弊していたのだった。
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白駒地区地域包括支援センターに最初に電話があったのは、ある古いマンションの大家からだった。
家賃が三か月滞っている入居者がいる。認知症があるようなので、何とかしてほしいというものだった。その滞納者が秋元ユキだった。
民生委員との定期的な情報交換会を白駒地区地域包括支援センターは行っていたが、その情報の中では秋元ユキは独居者だが今のところ特に問題なしとされていた。しかし、要確認者としてリストアップはされているということが分かった。
そこで月山信二が担当となり、訪問することになった。
月山はベテランのケアマネジャーであり、ケースワーカーであった。
人当たりもよく課題点を見抜き、対応策を組み立てることがすぐに出来るいぶし銀のような職人気質のワーカーだった。
そのため、管理者の滝谷七海も月山には全幅の信頼を置いていた。
秋元ユキは古いマンションの一室に住んでいた。
最初の訪問は、毎月一回は訪問しているという民生委員の筑波芳子とともに訪れた。筑波自身は秋元と玄関口で話をするだけで家の中には入ったことがない。
秋元ユキは、なじみの顔の筑波とともに訪れた月山をすんなりと受け入れた。
「ちょうどよかった、困っていることが一杯あるの。」
例え玄関口だけでも定期的に様子を見に来てくれる筑波芳子の存在も大きかったが、月山の真面目そうな顔を見ただけで安心したのか、秋元ユキ自身の困りごとと上手くタイミングが合ったのか、月山はすんなりと家に入れてもらえることが出来たのだった。
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秋元ユキは細身のきりっとした表情の持ち主だった。銀縁のメガネがどことなくマダムを漂わせる。服装も上品な人だった。
身体的には特に不自由なく、ある意味自立していたが、既に洗濯や片付け、調理、入浴、整容など日常生活上の行動が出来なくなりつつあると月山は判断した。
食事に関しては幸いなことにマンションの隣りがコンビニであるため、何とかそこで弁当を買って済ませているようだったが、コンビニの袋には小銭が一杯溜まっていた。
恐らくはお札でいつも購入してそのお釣りの小銭が溜まっているのだろう。しかし弁当の容器が不思議と見つからなかった。
部屋は服で溢れ、足の踏み場もなく、ベッドは秋元ユキが寝れる分だけ空いていた。
そして黄色い物がやたら多く散乱していた。それは阪神タイガースの応援グッズだった。
「秋元さん、阪神タイガースのファンなのですか?」
「筋金入りのタイガースファンなの。村山、バッキー、吉田義男の時代から、掛布、岡田、バース、今は鳥谷君が好き!」
秋元ユキは目を輝かせながら語った。
月山はさほど野球には関心がなく、ふんふんと頷くだけだった。
「それで困ってることって何ですか?」
「え? 困ってること? なにかしら?」
恐らくは、困っていることは多々あるのだろうけど、そのひとつひとつのことをすぐに忘れてしまうのだ。
「えっと、一杯ありすぎて。みんな困ってるのよ。」
「なるほど。じゃあ、困っていることを一つひとつ解決できるように段取りしましょう。」
月山の明確な言葉は秋元を安心させた。
その時だった。何かを感じたのか、民生委員の筑波芳子が、秋元の許可を得ずに冷蔵庫を開けた。
すると冷蔵庫の中からコンビニ弁当の空き箱が雪崩のように溢れ出てきたのだ。
「きゃ!」
筑波が思わず声を上げた。
「もう、勝手に開けないでちょうだい!」
秋元は筑波を睨みつけた。
月山はその出来事に動じず、話を続けた。
「秋元さんは、ちゃんと食べ残したものを無駄にしないように、冷蔵庫に入れてたのですね。さすがです。」
月山が落ち着いて声を掛けたため、秋元の怒りはすぐに収まった。
弁当箱の容器は残飯とともに、全て冷蔵庫の中に押し込まれていたのだ。
「そりゃもったいないからね。」
「そうですよね。でもちょっと冷蔵庫に入れすぎたかもしれません。少し整理させてもらっていいですか?」
「私もそう思ってたの。助かるわ。ありがとう。」
秋元ユキは月山信二にすぐに打ち解けた。
「これから時々誰かに片づけを頼んだ方がいいかもしれませんね。秋元さんは既に保険に加入されているので、手続きすれば、生活を助けてくれる人を頼んだりできますよ。」
「そうなの? それじゃ、お願いしようかしら」
本人の了解はトントンと取れた。
月山はあえて「介護」という言葉を使わず、保険とだけ伝えていた。その方が抵抗がないと思ったからだ。
全く家に入れてくれない認知症の人もいるので、秋元ユキの場合、速やかに進んだ方だった。
まさか後日に秋元ユキのもの盗られ妄想にひどく悩まされることになるとは、この時は思いもよらなかった。
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