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7.熱中!日本対アイルランド
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第3話 「南極ゴジラを見た」
【今回の登場人物】
立山麻里 白駒池居宅の管理者
正木正雄 居酒屋とまりぎのマスター
一人はみんなのために
みんなは一人のために
ラグビーワールドカップ日本大会
7.熱中!日本対アイルランド
居酒屋「とまりぎ」は、いつもと変わらぬほどほどのお客の入りだった。
ラグビーワールドカップが始まってから、元ラガーマンの石田信一と地域包括支援センターの滝谷七海はあまり店に顔を出さなくなった。おそらくは二人でどこかに見に行っているようだった。
特別養護老人ホームのケアマネジャーである甲斐修代も9月は敬老月間で忙しいとやらで、やはり顔を出すことが少なくなっていた。
つまり三人揃うことが少なく、そういう意味では「とまりぎ」は静かだと言えた。しかし、どこかが違っていた。
なんと、客席から一番見やすい店の角の天井にテレビが取り付けられていた。
ひとり「とまり木」の暖簾をくぐった立山麻里は、いつもと違う音の流入に驚いた。
「親父さんどうしたんですか、テレビなんかつけて!」
麻里はカウンターの席に座りながら、マスターの正木に聞いた。
「ラグビーやってる間はここもスポーツ居酒屋や。開会式見に行ってめっちゃ刺激されたわ。来年はオリンピックもあるしな。イベントある時だけスポーツ居酒屋に変身ですわ。」
「へぇ~でも落ち着かないな… 」
麻里はつぶやくように言った。
愚痴話を正木に聞いてもらおうと思ったし、もしかしたら想井遣造が来るかもしれないという淡い期待もあった。
それだけにテレビから聞こえるアナウンサーの声は、この日の麻里には少しイラつくものだった。
そうは言うものの、中継されているのが日本代表の試合だとわかると、麻里も振り返りながらテレビを見つめた。
日本対アイルランドの試合が始まろうとしていた。
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今日の白駒池居宅事業所は、明神も徳沢もさっさと帰ってしまい、いつも遅くまでパソコン打ちをしている横尾秀子までもがさっさと帰ってしまい、麻里が一人取り残されていた。
なんとなく寂しくなった麻里は「とまりぎ」の暖簾をくぐったのだ。
「なんだ、みんな日本戦があるから早く帰ったのか… 」
と、麻里はつぶやいた。それぞれにそれぞれなりに用があってのことなのだろうけど、麻里はそう自分を納得させた。
「マスター、いつものお願い。」
麻里が正木に声を掛けたが、正木はテレビに見入っていた。すっかり、ラグビー中継に夢中になっていたのだ。
「もう、マスター! 」
麻里のその声にマスターも我に返った。
「あ、ごめんごめん、なんだい? 」
日本とアイルランド戦は確かに正木が我を忘れるほど熱戦になっていた。 現状世界ランキング2位のアイルランドに一歩も引かぬ戦いを日本は繰り広げていたからだ。
麻里もそのうち、食べることも半ば忘れ、テレビに見入っていた。
しかし、カウンター席に一人で座ってみていることに寂しさも感じていた。
正木には、部下に対してはっきりとモノが言えない自分の不甲斐なさを愚痴ることもできなかった。
正木自身がラグビーに夢中で、声をあげて応援していたくらいだったからだ。
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前半が終了し、正木は一気に忙しくなった。他の客の注文をこなすことに追われ、麻里は完全に忘れられた存在になってしまった。
「はぁ、ラグビーは面白いけど、私は寂しい… 」と、麻里は心の中でつぶやいた。
一番の友人である滝谷七海は、きっと石田とともにどこかでラグビーを見ているのだろうということは、麻里にも分かった。
麻里は想井から依頼があった山小屋の親父さんのことを思い出した。
介護の世界のことも、専門職から見れば当たり前のことが、まだまだ多くの市民からすれば未知の世界なのだ。
何となく自分がその山小屋のおばばのケアマネジャーをやってみたいと思った。
当然、無理なことだとはわかっていたが、前回の松本行きをきっかけに山に行ってみたいという思いが募っていたからかもしれない。
正木も客も慌ただしく動き回ったハーフタイムが終わった。
日本対アイルランドの後半が始まろうとしたとき、「とまりぎ」の戸が、ガラガラと開いた。
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