第3話「南極ゴジラを見た」プロローグ
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第3話 「南極ゴジラを見た」
【今回の登場人物】
立山麻里 白駒池居宅の管理者
横尾秀子 白駒池居宅のベテランケアマネジャー
徳沢明香 白駒池居宅の新人ケアマネジャー
明神健太 白駒池居宅の男性ケアマネジャー
1.プロローグ
東京都内、白駒池居宅介護支援事業所がある白駒池地域。
その白駒池という名の池は既になく、その跡地には今はマンションが建っている。
白駒池はその名前だけを地域に残してる。
周辺は古くから住む住民の家と、古い家が取り壊された跡に建てられた新興住宅とマンションが入り混じっていた。
古くから住む住民のほとんどが高齢者であった。
旧白駒池近くの小さな公園には一本の桜の老木と六地蔵様が安置されていたが、小学校に通じる道路の拡張工事のため、桜の木は伐採され、六地蔵は小学校の裏庭の夕陽しか当たらぬところに移動させられていた。
白駒地区は渋谷から少し奥まった奥渋地区に隣接していたが、この地域は丘と谷だらけの地域ともいえる。
やたら上り坂、下り坂が複雑に入り組んでいる地域でもある。
そんな上がり坂も下り坂もある中腹のような場所に白駒池居宅介護支援事業所がある。
誰かは上り坂の途中にあると言い、誰かは下り坂の途中にあると言う。
事業所には4名の職員がいた。
30代の管理者である立山麻里を中心に、ベテランケアマネジャーの横尾秀子、新人ケアマネジャーの徳沢明香、そして唯一の男性の明神健太が働いていた。
2019年9月 世間はラグビーワールドカップ日本大会で盛り上がっていた。
半年後に恐怖のコロナ禍が待ち受けているとは誰も思っていない、ある意味安穏とした日々だった。
しかし、ケアマネジャーにとっての悪戦苦闘の多忙な毎日は相変わらず続いていた。
白駒池居宅事業所の横尾秀子は55歳になる。
特別養護老人ホームでケアワーカーとして働いていたが、施設ケアの現場が嫌になり、ヘルパーで働きながらケアマネジャーの資格を取得後、すぐにケアマネジャーとして働き始めて15年になる。
横尾はいくつかの居宅支援事業所を渡り歩いたが、白駒池居宅事業所は自分が一番年上ではあるが責任職ではないので、気分的にも楽で、既に5年が経過していた。
また、管理者を含め、他のケアマネジャーがみな若いので、たまにアドバイスもするが、どちらかというとマイペースで仕事が出来ることが横尾には居心地が良かった。
しかし、古くからケアの世界にいたため、自分なりの考えの中で動くことがあり、最新の考え方の実践は若い人たちがやればよく、私は私というスタンスでもあった。
マイペースで仕事をしたいということもあり、主任介護支援専門員にチャレンジすることもしなかった。
さらに、パソコンの操作は苦手で、この件に関しては管理者の立山麻里に聞くことが多かった。
最初は明神健太ケアマネジャーに聞いていたが、理解する前に次から次へと指示してくるので余計にわからなくなったためだ。
横尾秀子のプライベートに関しては、今は独身というだけで、それ以外のことは立山たちにもわからなかった。
横尾が話すこともなかったし、立山たちも聞くことはなかった。
それはケースに関しても同様で、黙々とケアマネジメントを行っていることが多いため、立山は横尾のケースが請求以外のことでは、簡単にミーティングで聞くくらいで、どのような状況なのか明確には把握してなかったし、聞きづらいところもあった。
その横尾があるヘルパー事業所と話をしている内容が立山麻里にも聞こえてきた。