2.私の大切なもの
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第2話 「明るい神様」
【今回の登場人物】
明神健太 白駒池居宅支援事業所のケアマネジャー
葛城まや 明神が担当する認知症の利用者
心の中の大切な宝物
そこにはその人の生きてきた証があるのかもしれない
2.私の大切なもの
明神ケアマネジャーが担当する葛城まやは、アルツハイマー型認知症と診断された81歳の独居の女性だった。
築50年になる古い一軒家に住み、明神が関わったのは2年前で、ケアマネジャーの仕事も身に付いてきたころだった。
葛城まやは若くして夫を亡くし、一人息子も30年前に交通事故で失い、その後今日に至るまで、一人暮らしを続けていた。
しかし、3年前よりゴミを出す日がわからなくなり、訪問した地域包括支援センター職員が、同じものをいくつも購入している状況を見つけ、受診対応するとともに介護申請がなされた。
当初は要支援だったが、買い物に行って道に迷うことが続き、また日常生活においても、これまでやれていたことが出来なくなるなど支障が多くなり、区分変更申請がなされ、要介護1となった。
そこで、明神ケアマネジャーが受け持つこととなったのだ。
現在はデイサービスに週3回利用し、ヘルパーの導入も行っていた。
葛城まやは比較的温厚な性格ではあったが、来訪するヘルパーに「私の大切なものを盗ったでしょ! 」といい寄った時もあり、明神がヘルパーの変更を行うアクシデントがあったものの、デイサービスに慣れてくると、落ち着いた日々が続くようになっていた。
ただ、まやが時々明神に訴える「私の大切なもの」が何なのか、明神にはわからなかったし、まや自身もわからない様子だった。
独居で近しい家族もいないとのことで、地域包括支援センターにより成年後見人制度の導入が進められ、その後見人が決まったこともあり、明神は後見人と共に施設入所の方向性を淡々と進めていた。
そして、いつもそつなく淡々と仕事をこなす明神ケアマネジャーに、いつもと違う日がやってきた。
「葛城さーん、こんにちわー。白駒池の明神でーす! 」
明神はいつものように明るく快活に声を掛けて、葛城まやの家に入っていった。
まやはあらかじめ電話を入れておくと、玄関の鍵を開けてくれていることが多かった。
「変わりないっすか~? またハンコもらいに来ました~! 」と声を掛けて、まやがいる部屋に明神は入っていった。
まやは奥の6畳の和室で机の前に座り、広げたノートに何かを書こうとしていた。
「葛城さん、何を書いているのですか?」
明神はまやの前に座り、カバンから書類を取り出しながら聞いた。
まやは顔を上げて、心細そうな表情で明神を見つめた。
「字がね、書けないの… 」
「え? 字を忘れたんですか? 」
まやはゆっくりと首を横に振った。
「何かを書こうと思ったけど、それもわからいし、字をどう書いたらいいかもわからなくなったの。」
まやは寂しそうにつぶやいた。
明神はノートを覗き込んだ。
字にならないごちゃごちゃな線が書かれていた。
明神には字を忘れるという事は理解できたが、字をどう書いたらいいかわからないという意味が理解できなかったのだ。