4.出会い
今日は「認知症の日」(国際アルツハイマーデー)ですね。
しかし、目指すは特別な日ではなく、毎日がその日であるように
認知症があってもなくても、ごく普通に社会に溶け込めるように。
認知症の人は違う人ではなく、同じ人として支え、支えられるように。
「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」
第2話 「明るい神様」
【今回の登場人物】
明神健太 白駒池居宅支援事業所のケアマネジャー
葛城まや 明神が担当する認知症の利用者
青春時代の出会いは
見えない未来への賭けの時
4.出会い
日記の最初には、この日記を書き始めたのは昭和60年(1985年)47歳の時と書かれていた。
そのため最初の日記は、それまでの人生をたどるような形で書かれていた。字は読みやすいはっきりとした文字だった。
葛城まやは大阪府吹田市の出身で、両親がかなり年齢が経ってからの子どもだったようだ。太平洋戦争の記憶はほとんどなく、戦後すぐに竹林の中にある小学校に入学した。
出身小学校の先輩にハンバーガーチェーン日本M社の創設者や、後輩に「Mの山」を書いた直木賞作家がいたと書かれていた。
戦後の苦しい生活の時であったが、一人娘であったということで、両親には厳しく育てられた。
その甲斐もあって高校を優秀な成績で卒業し、昭和31年、当時としてはまだ数が少なかった女性行員として大手のS銀行に就職したのだった。
「へぇ~ 葛城さんって、銀行員だったんだ。凄いですね。」
明神は日記を読み上げながら、思わず声を上げた。
まやの表情は明るかった。明神が読み上げる自分のライフヒストリーを懐かしむように聞いていた。
「かつらぎさんって、言いにくいでしょ? まやさんと呼んでくれていいから。結婚前は山田というごく普通の名前だったんよ。」
「山田さんですか。確かに普通の名前だ。」
明神も笑顔で返した。
葛城まやの日記を読み上げ、そしてそれを聞くまやの表情の明るさが、明神の心を惑わした。
ケアマネジメント以外のことをやってしまっているとわかっているのに、まやの表情に乗せられてしまったと明神は思った。
日記に幼少時や学生時代の記述はさほど多くはなく、この後の青春時代の記述に明神は引き込まれていくことになるのだった。
銀行は厳しい世界だった。
まやはいきなり大阪市内の本店に配属になり、仕事の内容もさることながら、人間関係も厳しく、毎日がストレスの連続だった。
やることなすこと失敗ばかりのまやだったが、その状況の中で出会ったのが葛城健一郎だったのだ。
「葛城健一郎ということは、まやさんの旦那さんになる人ですね。」
いつのまにか明神は、まやのライフヒストリーの中に入り込んでいた。
「なる人ではなく、だった人。」
まやは笑うと、快活に明神に話しかけてきた。
「かつらぎけんいちろうって、長い名前でしょ。だから私は最後の一郎さんだけを取って呼んでたの。一郎さん… 一郎さんのことなら日記読まなくてもしゃべれる… 」
まやは少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「失敗ばかりしている私を、そっとフォローしてくれたのが一郎さんだったの。気が付けば、私は一郎さんに恋をしてたのよ。でもその時は一郎さんと共に過ごすなんてことは夢にも思わなった。」
まるで少女のように語るまやに、いつもと違う自分を明神は感じていた。