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話し掛けられやすい話

私は話し掛けられやすいタイプだ。
一見自慢みたいに聞こえるが、これが結構面倒くさい事もある。

会社員時代、営業で外回りをしていた時は朝昼晩と一日に3回道を尋ねられた。
晩の人は明らかに困り顔で近付いてきたので、こちらから「どこに行きたいんですか?」と率先して尋ねた。

ある時には電車の降り際に、知らないおばさんから「人を憎んだら駄目よ。人を憎んでる顔をしてる。」と言われた。数秒の出来事だった。
当時私は4年付き合って振られた彼氏の事が忘れられなかった。

未練はあったが憎んでいた?のだろうか。
私の束縛に耐えに耐え、忍びに忍んで、最後は蒸発するように逃げ去られ振られた。
自分に非があり過ぎて後悔と懺悔の毎日だった。
泣きながら森田童子を口ずさむ毎日だった。
辛すぎて脳外科のある大きな病院に「ロボトミーの手術受けられますか?」と電話した事がある。 
電話口の人は絶句していた。
どうかしてるぜっ!…本当にどうかしていた。

憎んでいたんだろうか。
見知らぬ人に指摘を受けてしまうくらい憎しみで顔が歪んでいたのだろうか。
今だに分からない。

「あなたはハリソン・フォードと同じ2月生まれですか?」
ある日の夕方、突然見知らぬおじさんから声を掛けられた。
2月生まれでない私は、驚きのあまり大きな声で、「いいえ、違います!」と返事した。
おじさんは「ま、負けてしまった」と言いながら立ち去っていった。
それで終わりだ。
これだけの話だ。

ただ、ハリソン・フォードは7月生まれだった。

一体全体どういう事だ?
何故撹乱させる?
おじさんに会いに行こうと同じ時間に同じ場所へ行ってみた。
今度同じ事を尋ねられたら、必ずや「私はマツコ・デラックスと同じ10月生まれです」と穏やかに答えるのだ。
そして尋ねたい。
ハリソン・フォードの事を。
何故ハリソン・フォードだったのか。

ただ、ハリソン・フォードが7月生まれだという事実を伝えるべきかどうかは迷いがあった。

実際あれ以来一度も出会うことはないまま今日まできた。
今ではハリソン・フォードもおじさんへの興味も完全に失せている。

とある会場の前を歩いていると、テンションの高い女性の群れに遭遇した。
中でも群を抜いて狂気に近いスーパーハイテンションな女性が一人いた。
その女性の横を通り過ぎようとしたら突然手を握られた。
おっかなびっくりして固まっている私に、「山Pと握手してきたんです!!山Pとぉぉーっ!!」私の手を握ったまま叫んでいた。
このまま昇天するんじゃないかと思った。

山Pと握手して嬉しさの余り我を忘れている様だった。
前頭葉が完全にイカれている。
彼女こそ救急要請が必要なコード・ブルー状態だ。

私も「良かったですね」と一緒に分かち合った。
確かに山Pはすごい。

山田雅人?
山本太一?
山本勘助?
…渋っ。
富士山?
…いやさすがに富士山の「山」とって山Pとは言わんか。

何故声を掛けられやすいかには追求しない。
何故なら一度検索した事があるが、「話し掛けやすい ブサイク」と出たからだ。
放っておいてくれ。
自分は「オフの時の吉瀬美智子」似だと思って機嫌良く生きている。

こうやって本来なら交わるはずのない他人と交わるのは面倒だけど面白い。
しかも究極の一期一会だ。
その後の関わりは皆無。
誰かの人生の隙間に登場するモブキャラ存在になれるのも悪くないな、と感じる。



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