小説 空気 7 ます計算
1時間目の算数の授業は、掛け算の100ます計算から始まった。
ます計算は、占いみたいで面白い。
私は、ます計算をする時は、すべてのマスに入る0を最初に書き入れる。次に、全てのマスに入る1を全て書き入れる。次は2を全て書く、というように、9まで順に数字を埋めていく。もし、3を書き入れ始めてから、1や2を書きそびれてしまった箇所を見つけても、書かないようにして、全部で何個空欄ができてしまうかを数える事にしていた。そして空欄が0個なら、今日はいいことありそうだな、と思っていた。
いつものようにます計算の数字を埋め始めた。
今日はあまりついていないようだ。2を書き始めてからすぐに、1が一つ抜けている事に気づいた。急にやる気がなくなってきたが、たくさん間違えると大変ななことが起こりそうな気もしてきたので、気を取り直して、ゆっくり慎重に数字を書き入れ始めた。
前の席の女の子が急に後ろを振り返った。
「終わったよ。私一番かも。」
まだ書き入れ終わっていない私は、視線に気付かないフリをしてそのまま書き続けた。
8の数字が終わりそうになった時、前の席の女の子が急に手を挙げた。
「先生、佐々木さん、ちゃんとます計算やっていません。遊んでいます。」
その瞬間クラス中の人が私を見た。
先生がゆっくりと近付いてきた。そして私のます計算の紙を見て言った。
「あなたは学校に何をしに来てるの?」
そう言うと私の顔を射るような目つきでじろりと見た。
私は何も答えず、先生の顔を睨み返した。
すると先生は席へ戻って行った。
クラスメイトが指を差しながら何かを言っている。
私は教室にいるのが嫌になってきた。
私は手を挙げた。
「先生トイレ行ってきます。」
そう言うと、先生の返事を待たずに席を立ち、教室を出た。
そして、トイレを通り過ぎ、階段を降りて、靴を履き替えた。
昇降口の戸を開けると、今日は焦げた匂いがした。
そこで、校舎の裏側へ向かった。
校舎裏の焼却炉では、用務員の先生が枯れ草を燃やしていた。
「私も手伝っていいですか。」
「ああ、勉強はどうした。」
「休憩です。外へ行こうかなと思ったけど、やめたの。」
「そう。」
外へ出て行かれるよりはマシだ、と思ったのだろう。意外とすんなりと分かってもらえた。作戦は成功した。
そのまま給食の時間まで草を燃やし続けた。
一応、この先生にもリクルート事件に対しての意見を聞いてみた。
「子供なのにニュースに興味があってえらいね。」
用務員の先生はどうでもいい事を並べて、本心を中々言わなかった。
「そんなこと聞いてないよ。」
と言いたかったけど、言わずに耐えた。
この人にあの件を相談する事もやはり難しそうだと思った。