魔法使いが死んだ話
今年も始まって間もない頃、
お世話になっている運送会社の社長が亡くなった。
とても気持ちの良い人だった。
僕は施工会社で、イベントのステージや、外装を作る役割をやっていた。
かっこよく言うと、空間デザイン的な所。
実際は血反吐を吐くような仕事もした。
何かを作りだす事の苦労を体で、頭で、心で、感じることができた。
若いうちの苦労は買ってでもなんちゃら、は達成できたのではないかと思っている。
感謝。いや、まだここから。まだまだ。いや正直全然足りてない。
夏の大阪梅田でのポップアップイベントの時だった。
10tトラックに製作物が入りきらない。
設営で持ってきた製作物に加えて、クライアントが追加で持ってきた衣類なども持って帰ってほしいという要望だった。
既に箱いっぱいなのに。と思いながら、
それくらいは行けるでしょ?
という顔をするクライアントに歯向かうことができなかった。
積まなければならない総量が、持ってきた時よりも1.5倍になった。
「社長、どうしよう。もう一台呼びます?東京から」
心配とおでこに書いた表情で僕は聞く。
「ちょっと待ってて」
社長が、何でもないことのように言う。
その言葉の後に、お茶淹れてくるから。と続きそうでもあるし
音楽室にリコーダー忘れた。とも、靴紐結び直すわ。とも続きそうであった。
社長は、カゴ台車を出し入れし、角度を調整し、世界一難しいテトリスの容量で
全ての製作物や備品を10tトラックに入れこんだ。
何にもなかったことのように。
誰の心配も焦りも、ここにはなかったかのように。
この仕事をトラックの下から見ていた僕は、心の底から感激した。
この人は魔法使いなのではないかと思った。
そして、仕事のプロとは魔法使いなんじゃないかという発見が頭に浮かんだ。
整体師は、何にもなかったことのように人の身体を整える魔法を使い、
餃子の王将は、何にもなかったことのように早い時間で美味しい餃子を出す魔法を使い、
芸人は何にもなかったことのように人々を日常から解放し笑わせる魔法を使い、
タクシードライバーは何にもなかったことのように、人をA地点からB地点へ移動させる魔法を使う。
この魔法使いの話を本人にすることはできなかった。
きっとこれから一生、僕の頭の中に残り続ける後ろ姿だと思う。
スティーブジョブズがいなくなっても、安倍元首相がいなくなっても、続いてく世界だけど、この人だけはいなくなっちゃいけない気がした。
未来、あの世へ行くので、会うことができたらこの話を伝えよう。
でもなぜだか、まだ世界のどこかに社長がいるような感覚がある。
ベトナムやインドにいるような気がする。
そしたら、その時話そうと思う。ちょうど僕も行くので。
お金もそんなにないから滞在時間が短くて、見つけ出せないかもしれない。
そうなったらあの世で、話そう。
でもあの世へ行ったら年齢はどうなるんだろう?
死んだ時の年齢?
そしたら赤ちゃんは永遠にそのままだし可哀想だから複雑なシステムがありそう。
その人が一番好きな自分の年齢で存在することができるとか?
そしたら社長はブイブイ言わせてた若い頃を選ぶだろうから顔が分からなくて
見つけ出せないかもしれない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
そう思っていると最寄駅に着いていた。
大丈夫。
この電車に乗っている全員が100年後にはこの世にいない。