ある男の話

ヒロキの家庭は決して裕福な家庭ではありませんでした。彼の両親は海賊をやっていて、あまり良質な育児をされずに育ちました。五歳になったヒロキは世間のことを冷めた目で見るようになり、自分のことを助けてくれる人はいないという考えに陥ってしまいます。そのため、彼はキムチを売ることで生計を立てようと考え、ある日から町の一角で大麻のキムチを売り始めます。そのような生活を5年ほど続けていた、ある夏の日に、「うんこ伊藤」と名乗る人物が彼の許を訪れます。

ヒロキ君は最初から大麻のキムチを売っていたわけではありません。彼は、初めの方は普通のキムチを売っていました。ところが、教育をあまり受けていないヒロキは野菜ではなく、タンポポやエノコログサという雑草をベースにして、デスソースを用いてキムチを売っていました。しかし、そのようなキムチは当然売れることがなく、彼は暗澹とした日々を送っていました。将来への先行きが不安になり、街の電気屋でテレビを観ていたとき、彼の許にこんなニュースが流れてきました。
ラーメンに麻薬を入れて、リピーターを増やした店長が逮捕。
彼はこのニュースをみたとき、大麻でキムチを作れば、買い手を麻薬中毒に貶めることができ、売り上げも増やせるのではないかと考え、実際にその商売は確実に成功します。ちなみに、彼は海賊をやっていた両親から大麻を仕入れていました。そんなある日、キムチの中に大麻が含まれていることに気づいた男が登場します。それが「うんこ伊藤」です。うんこ伊藤はおよそ、7歳にして麻薬ビジネスを成功させているヒロキの手腕に惚れこんでいたのです。彼は、キムチを売っているヒロキと街頭で立ち話をすると、さっそく彼を食事に誘い、一緒にビジネスをやらないかと言います。
それから数十年後、ヒロキとうんこ伊藤の麻薬ビジネスは成功し、彼らの組織は世界一ともいえるほどに成長します。そう、あの悪名高い、「シナロア・カルテル」として…

シナロア・カルテルのボスとなったヒロキはさらなる稼ぎのために、フアレス・カルテルやティフアナ・カルテルに攻撃します。というのも、アメリカとの国境付近をわが物にすれば、麻薬ビジネスの売り上げが格段に飛躍するからです。ヒロキはメキシコ政府や州警察などに賄賂を渡し、抗争に必要な軍事力を次々と獲得していきます。
もう、十分だろう。
そう思って、ついにフアレス・カルテルとティフアナ・カルテルに攻撃を仕掛けます。本来、ボスであるヒロキは戦闘に参加しないはずですが、彼は仲間の士気を上げるために、デザートイーグルを片手に自らも抗争の中に身を投じます。抗争が始まって数か月後、数人の護衛と共にフアレス・カルテルとの銃撃戦をしていたとき、ヒロキは凶弾に倒れました。
この後、ヒロキは息を吹き返し一命をとりとめるのですが結局、麻薬抗争に勝利することはできず、政府からも裏切られ逮捕されます。現在はメキシコからアメリカに引き渡され、終身刑を全うしています。うんこ伊藤の方は現在、ヒロキの後釜としてシナロア・カルテルのボスとして君臨しています。

ヒロキ君の人生が幸せだったかどうかを判断することはかなり難しいです。彼は両親が海賊をやっていたからなのか、狂気的な性格に育ってしまいました。小学校のときには友人を投げ飛ばし、九針縫わなければいけないほどの傷を負わせてしまいます。また、中学生のときには麻薬ビジネスをやっていたことが原因で、網走刑務所にぶちこまれました。生涯において、何度か結婚をしますが、必ず離婚もしています。結婚や離婚を幸せかどうかの判断基準にすることは浅はかではありますが、ヒロキ君に本当の家族や友人がいなかったことは紛れもない事実です。つまり、深いところで彼は孤独であり、その孤独を忘れるために麻薬ビジネスにのめりこんでしまったのです。結果、財力は得ましたが、幸せを獲得できたのかどうかはヒロキ君以外わかりません。最近では、刑務所の中で一点を見つめながら、「マルグリットの歌」をぶつぶつと唱えているそうです。

マルグリットの歌の一部を紹介します。
・マルグリットの学校は小さな貧しい家畜小屋 いつも机も間に合わせ
・僕も欲しいなその心 私に教えてその愛を 世界の子らが祈ります。
これはマルグリットの歌の一部にすぎませんが、ヒロキ君の人生と照らし合わせると、とても悲しく聴こえます。「マルグリットの学校は小さな貧しい家畜小屋 いつも机も間に合わせ」ここは、貧しく荒んでいた、ヒロキ君の少年時代と重なります。
「僕も欲しいなその心 私に教えてその愛を」。これは、年を重ねて、純粋な心持ち合わせていなかったことや、本当の愛をしらなかったことに気づいてしまったヒロキ君が、荒んでいたころの少年時代と自己の中にある理想の少年時代を重ねてしまうような要素があります。彼が最初に麻薬ビジネスを始めたのは自発的なものでした。しかし、その後の抗争や麻薬ビジネスの展開は「うんこ伊藤」が彼に動機付けを行ったことが大きな要因でしょう。

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