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『ふつうの軽音部』が面白い
「この漫画がすごい」だかで話題になっていた『ふつうの軽音部』を今さらながら読んでみたら、これが本当に面白い。想像していたのとは違う方向性だったので、食わず嫌いしていた人でもハマるかもしれない。ただ、万人受けするとも思えないので、これが1位になるとは、意外とみんな根暗だな。
内容をなんとなく紹介すると、タイトル通り、魔法も奇跡もロマンスも起こらない、普通の高校の軽音部の話だ。バンドもので日常系といえば、数年前に『ぼっちざろっく』が流行ったが、あれですら相当劇的なストーリーだったと、本作を読んだ後に思った。
主人公の鳩野ちひろという女の子は、高校からギターを始めて軽音部に入った。ルックスも普通で引っ込み思案で、でも努力家で芯のある、一周回って主人公っぽい。最初に幸山厘という女子と男子2人とバンドを組むが、まもなく解散してしまう。普通の軽音部なので、普通にちょっとしたキッカケで解散する。だが、この幸山という女子がやばかった。この作品の面白さの8割は、幸山厘が握っているといっても過言ではないと思う。
本作に登場するキャラクターは大体が「普通」だ。心から悪い奴は一人もいない。音楽に対する熱意とか、部内の恋愛関係とか、過去の苦い思い出とか、そういう各々の普通の事情がぶつかって、すれ違って、あの人から離れて、この人とくっついてを繰り返す、普通の軽音部生活を送っている。
主人公ですら例外ではない。鳩野は結局ボーカルになるが、歌が抜群に上手いわけでもない。しかし、なぜか一部の人を引き付ける魅力のある歌い方だった。鳩野の歌や言葉が、軽音部の人たちにいろいろな影響を与えていく。その歌声に最初にやられたのが幸山だった。そして、幸山は作中で唯一普通ではなかった。
この作品の魅力、というかテーマを一言で表すのなら「政治」だと思う。もちろん、現実のきな臭い政治の話が持ち込まれることはないので安心してほしい。ただ、幸山の並外れた政治力が普通の軽音部というコミュニティを操り、引っ掻き回す。何のために?鳩野の素晴らしい歌声をより多くの人にわからせるために、だ。現在47話まで発表されているが、私にはそういう話にしか見えない。
具体的なネタバレは避けるが、幸山は鳩野を中心とした理想のバンドを作るために、ありとあらゆる手で他のバンドの人間関係に介入し、狙ったメンバーを引き入れようとする。もちろん、それぞれの人物の心情が些細なキッカケで揺れ動いてゆく様子も、等身大に瑞々しく描かれていて、それはそれで良いのだが、それを裏から糸を引いて状況をコーディネートする幸山のやばさが、この作品の最大の魅力といっていいだろう。
冒頭にも書いたが、この作品が1位になるとは、読者もなかなか根暗だなと思ってしまう。まだ読んでない人は是非。ジャンププラスで初回無料で読めますよ。