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【ショートショート】母の時間外労働

この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。

「もう時間がない…!」

彼女は息子を保育園に預けると、焦りを隠せないまま会社へと駆け込んだ。

デスクに着いた途端、上司が時計を見ながら「忙しそうですね」と嫌味を言ってきたが、彼女はただ無言で作業に取り掛かった。


その日の午後、保育園から電話が鳴った。

「お母さん、息子さんが『毎日おばあちゃんと遊んでる』って言ってるんですが…」


「え?」

彼女は驚きながらも、すぐに母に電話をかけた。

「お母さん、息子の面倒を見てくれてるの?」


「ええ、少しでも助けになればと思ってね」
と母の声は、変わらず穏やかだった。


「本当に助かるわ…ごめんね、最近全然連絡できなくて…」

彼女は感謝の気持ちでいっぱいになったが、その直後、母の言葉に息を呑んだ。

「私も、もう二年前に亡くなってるの。それでも、孫のためなら…戻ってくるわよ」

彼女は凍りついた。

「…どういうこと?」


電話の向こうで、母の笑い声が微かに響いた。

彼女はその声に一瞬、現実感を失った。

しかし、笑い声が消えた後に訪れた静寂が、彼女の胸に重くのしかかった。

避けていた現実が、冷たく確実に彼女を包み込んでいた。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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