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【ショートショート】燃え尽きる男

この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。

診察室の空気は乾燥していた。
壁際の時計は秒針だけを動かし、時が止まったような静けさを刻んでいる。

男は沈んだ声で言った。
「先生、何もかも終わった気がするんです」

医師は彼を一瞥し、ペンを動かしながら答える。
「燃え尽き症候群でしょうね」


「仕事のストレスですか?」
「いいえ、辞めたばかりです」
「人間関係が原因では?」
「…友達も、家族も、ほとんどいません」

医師は首を傾げた。
「では、日常で何か打ち込んでいることは?」

男は一瞬ためらったが、意を決して言った。
「自己啓発書を1日1冊読んでいます。3年間、毎日欠かさず」


医師は微笑みを浮かべた。
「燃え尽きるのも無理はないですね」

男の眉がピクリと動く。
「どういうことですか?」

医師はカルテを閉じ、彼に向き直った。
「自己啓発書の多くは、“燃えろ、もっと熱く”と煽りますよね」
男は頷く。

「でもね、火を燃やすには燃料がいる。それが尽きればどうなるか、想像できますか?」
「…灰になるだけですか」

医師は笑いながら指を鳴らした。
「その通り。あなたが毎日読んできたのは、“灰の作り方”だったんですよ」


男は目を丸くした。
「そんな…じゃあ、僕はどうすればいいんですか」

医師は立ち上がり、窓を開けた。冬の冷たい風が診察室に入り込み、どこか心地よい感覚をもたらす。
「まずは、一度火を消しましょう」
医師は外を指差す。

「絵本を読んでください。言葉を減らして、もっと絵を見て、余白を感じる。それだけでいい」


診察室を出た男は、しばらく立ち止まり空を見上げた。
曇天の向こうにわずかに光る太陽を見つめる。

「余白か…俺の人生、いつの間にこんなに埋まってたんだろう」
そう呟きながら、足をゆっくりと動かし始めた。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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佐藤直哉(Naoya sato-)
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