【ショートショート】置き去りの記憶
この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。
硬い床の冷たさで目を覚ました。
頬に触れる空気はひんやりとして重たく、まるで閉ざされた空間に閉じ込められたような感覚がした。
周囲を見渡そうとするが、完全な暗闇に包まれている。
目を凝らしても何も見えないどころか、瞼を開けているかすら疑わしくなる。
「......ここはどこだ?」
声を出してみると、静寂が返ってくるだけだ。
手探りで周囲を確認しようとするが、触れるのは冷たく硬い壁ばかり。
どうやら狭い空間に閉じ込められているようだ。
ポケットに手を突っ込むと、紙の感触があった。
取り出してみると、それは名刺だった。
「なんだこれ......?」
暗闇では文字が読めない。
スマホを思い出し、ポケットから取り出すと、画面がまだ点灯しているのを確認し、ライトを起動する。
名刺に光を当てると、そこに書かれていた名前は――
『クロカワ ヒロユキ』
「......誰だ、この人?」
名刺に記された名前が全く見覚えのないものだったため、胸の奥に不安が広がる。
辺りに向かって叫ぶ。
「誰かいないのか?」
すると、近くからうめき声が聞こえた。
低くかすれた男性の声だ。
「......ここは......どこだ?」
「おい、お前は誰だ?」
「僕は......クロカワ ヒロユキです。それで、君は......?」
自分が持っていた名刺の名前と一致する男の声に、一層胸がざわついた。
誰かが仕掛けた悪ふざけか、それとも――。
「スマホ持ってるか?」
「持ってますけど......」
クロカワはポケットからスマホを取り出した。
しかし、画面を触るとすぐに電源が切れた。
「くそっ、バッテリーが切れた......」
俺も自分のスマホを確認したが、バッテリーがほとんど残っていない。
ライトを点けている間にみるみる減り、警告音が鳴り始めた。
「なんでこんなに減りが早いんだ......?」
クロカワが小さな声で答える。
「ここ、電波が通じにくい場所なんじゃないですか?電波が弱いと、スマホが繋がろうとしてバッテリーを余計に消耗するんです」
俺はうなずきながらも、疑念が晴れない。
スマホが使えなくなる前に、少しでも情報を集める必要があった。
二人で手探りで調べ始めると、壁は金属製で、四隅には妙な溝があるのに気づいた。
「ここ......どこだと思う?」
「倉庫か何かじゃないか?」と俺は答えたが、自信はなかった。
「でも、ただの倉庫なら電波が通じないなんてことはないですよね」
クロカワの指摘に、さらに不安が募る。
「おい、昨日のこと覚えてるか?」
俺が尋ねる。
「ええ、君とバーで会いました。覚えてませんか?」
「バー......?」
断片的な記憶すら浮かばない。
頭を振って必死に思い出そうとするが、何も出てこない。
その時、壁が微かに振動し始めた。
突然、金属の壁が動き始め、上から眩しい光が差し込んでくる。
目が慣れると、目の前にはボタンが並ぶ制御パネルが現れた。
「......エレベーター?」
金属製の壁に囲まれた空間は、ショッピングモールの貨物用エレベーターだった。
クロカワが制御パネルを指差しながらつぶやく。
「昨夜、酔っ払ってこのエレベーターに乗ったんですね。そして、誰かが停止ボタンを押したまま放置した......」
呆れながらも笑いが漏れる。
俺は曖昧に頷きながら、エレベーターの外に足を踏み出した。
冷たい空気が頬を打ち、頭が少し冴えてきた。
「変な夜だったな」と俺がつぶやくと、クロカワが不意に立ち止まった。
「そうですね。でも、昨日の夜のことは、忘れた方がいいですよ」
その言葉に引っかかりを覚えたが、俺は深く追及する気にはなれなかった。
「ま、忘れるのも悪くないかもな」
二人で笑いながら駐車場を後にしたが、その笑顔の裏で、何かが確実に置き去りにされた気がした。
最後まで読んで頂きありがとうございました。