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【ショートショート】無効な選択

この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。

選挙の日、彼は灰色の空を見上げ、胸の中で小さな不安が芽生えるのを感じた。

冷たい風が吹き付けるたびに、その不安は少しずつ膨らんでいく。

友人たちは「どうせ何も変わらない」と言い、彼を軽く見たが、彼は一人投票所へと歩みを進めた。


投票所で用紙を手にしたとき、紙の感触がいつもと違うことに気づいた。

少しざらついていて、そしてどこか湿り気を帯びているようだった。

ペンを走らせると、インクが紙にじわりと染み込んでいく。

箱に投じる瞬間、彼の胸に何か重たいものが落ちるような感覚が広がった。

「これで本当に何かが変わるのだろうか?」


帰り道、風がますます冷たくなり、彼の頬を刺すようだった。

政治家の演説が風に乗って耳に入るが、その声は遠く、彼の心に何も残さなかった。

彼は足を止め、冷たい風に吹かれながら、ただ無感動にその場に立ち尽くしていた。


その夜、彼は同じ道を何度も歩く夢を見た。

薄暗い道の先には投票所があり、彼は何度も投票用紙を投じた。

しかし、紙は決して箱に残らず、何度投じても手元に戻ってくる。

目が覚めたとき、彼はまだ紙を握りしめていた。


紙はしわくちゃで湿っていた。

彼はそれを見つめ、静かに破り捨てた。

裂ける音が部屋に響く。

その瞬間、彼の手に赤いインクがべったりとついていた。

「無効票」のスタンプの跡が、まるで彼の選択を嘲笑うかのように鮮やかに残っていた。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

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佐藤直哉(Naoya sato-)
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