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【ショートショート】エレベーター設計者の苦悩
この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。
タナカは、会議室の隅で煙草を咥えていた。
「待ち時間が長すぎる。靴底が薄くなった」
「速すぎて耳がおかしくなった気がする」
「ボタンを押す間に、人生の選択ミスを思い出した」
「選択ミスって、それはエレベーターのせいじゃないだろう…」
タナカは呟き、苦笑する。
しかし、リストに並ぶ苦情の数は笑えるものではなかった。
特に『ムダ』という言葉に彼は過剰に反応した。
『効率の鬼』と呼ばれた彼にとって、それは存在価値を否定されるに等しかった。
ホワイトボードに大きく書いた文字が目に入る。
『待ち時間ゼロ』
「次はこれだ」
彼は煙草を灰皿に押し付け、スタッフに向かって宣言した。
「時間を奪わないエレベーターを作る。それが未来だ」
スタッフたちは拍手したが、その目はどこか怯えていた。
数ヶ月後、タナカはついに『未来型エレベーター』を完成させた。
その中核を担うのは、個人行動を予測するAIシステムだった。
AIの仕組み
スマホ連携:
乗客のスマホからスケジュールとGPSを取得し、次の目的地を予測。行動パターンの学習:
過去の移動履歴を元に、『いつ、どこに行くか』を計算。ストレス検知:
心拍数や歩行スピードから心理状態を判断。
『急いでいる』場合は最短ルート、『リラックスしている』場合は景色が楽しめるルートを選ぶ。
デモ会場での試運転は大成功だった。
見物人はその革新性に驚き、タナカを称賛した。
「これで、待ち時間もイライラも過去のものになる」
タナカは胸を張った。
だが、現実は想定外の事態を次々と生んだ。
AIが引き起こした混乱
「無計画な人にはどうすればいい?」
予定がない乗客がいると、AIは『お勧めフロア』として無関係な階を案内。
例:朝食を摂っていない乗客をカフェに送る。誤った心理分析
ストレスで心拍数が上がった乗客を『緊急搬送が必要』と判断し、救急フロアへ。GPSのズレ
隣のビルに案内される乗客が続出し、同僚との待ち合わせに遅刻する人が増加。
タナカは、新聞の見出しを見て頭を抱えた。
『効率化の鬼、時代を迷走させる』
会議室で、タナカはホワイトボードを見つめていた。
そこには彼が数分前に書き加えた新たな言葉がある。
『完璧な効率は幻想』
彼は最後の一本になった煙草に火をつけ、灰皿に視線を落とした。
「便利にしたつもりが、誰も満足しないんだから、不思議なもんだよな」
吐き出した煙が薄く広がる。
「結局、俺が作ったのは“最短で文句を言える未来”か」
タナカは煙草を灰皿に押しつけ、立ち上がった。
「まあ、人が文句を言ううちは、未来も悪くないってことかもな」
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最後まで読んで頂きありがとうございました。
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