
【ショートショート】置き忘れた幸せ
この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。
ジョーンズは、冷めたコーヒーを手にしたまま言った。
「週末は家族と過ごすつもりだ」
豪華なシャンデリアが照らす会員制クラブ。
そこに集うのは、成功者と呼ばれる男たちだけだった。
「家族だと?」
スミスが微笑みながら首を傾げる。
「我々の世界で、そんな甘えが通用するとでも?」
リチャードが赤ワインを揺らす。
「ジョーンズ、仕事と遊びを勘違いしてるんじゃないか?」
ジョーンズはコーヒーを一口飲み、静かに言った。
「いや、ただ幸せになりたいだけだ」
一瞬、空気が凍りついた。
次に起きたのは、乾いた笑い声だった。
「幸せ?」
スミスは椅子にもたれながら答える。
「我々が追っているのは、数字と契約だ。それ以外は幻想に過ぎない」
リチャードも笑いながら続ける。
「ジョーンズ、成功があればそれで十分だろう。幸せなんて付属品に過ぎないさ」
ジョーンズはゆっくりと立ち上がり、机に会員証を置いた。
「そうか。でも、俺はその“付属品”を探しに行くよ」
ドアが閉まる音が響き、静寂が戻った。
スミスはふと窓の外を見る。
タクシーに乗り込むジョーンズの背中が小さく見えた。
スミスはつぶやく。
「逃げた奴が何を得ると言うんだ?」
その夜、スミスのスマートフォンが震えた。
画面には、湖畔で焚き火を囲むジョーンズと家族の写真が映っている。
彼の笑顔が、炎の光に浮かび上がっていた。
スミスはしばらく写真を眺めていたが、やがて自分のスケジュールアプリを開いた。
そこには埋め尽くされた予定が並ぶ。
月曜:重要会議
火曜:株主総会
水曜:新規プロジェクト
スミスは画面を閉じ、深い息を吐いた。
その視線が、部屋の片隅に置かれたトロフィーに止まる。
黄金色に輝くそれは、何十年も前に得た『成功』を象徴していた。
彼はトロフィーを手に取り、表面を撫でた。
だが、そこに映る自分の顔は、なぜか少し歪んで見えた。
「本当にこれでよかったのか?」
誰にともなくつぶやくと、スミスは再び机に戻り、ワインを注いだ。

最後まで読んで頂きありがとうございました。
いいなと思ったら応援しよう!
