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【ショートショート】選ぶ自由

この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。

「これだな」
上司が指差したのは、新型のスマートゴミ箱だった。

一見すると普通のゴミ箱だが、AIが搭載されており、中身を自動的に分別してくれるという触れ込みだった。

そして、昨日の会議で酷評された商品だ。
『分別ミスの連発』『不快な警告音』『耐久性の低さ』と、問題が山積み。ある同僚は「ゴミの王様」と皮肉り、別の同僚は「燃えるゴミ製造機」と嘲笑した。

なのに、上司はそれを見て「間違いない」と言い切った。


「昨日は最低だって言ってましたよね?」
僕は半信半疑で尋ねた。

上司は肩をすくめて笑った。
「あれは昨日の俺だ。今日の俺は違う」

僕はその軽い言葉に苛立ちを覚えつつも尋ねた。
「でも、このゴミ箱、使う人が困るだけじゃないですか?」


上司はしばらく黙り、商品に手を置いた。
まるでその欠陥品を慈しむような仕草だった。

「困る? それがどうした」
低い声でそう言うと、上司はゴミ箱を軽く叩いた。

「お前、こんな話を聞いたことがあるか? 選択肢が多すぎると、人間はかえって何も選べなくなるんだよ」

僕は答えられなかった。

「このゴミ箱はな、分別の煩わしさを全部消してくれる。燃えるゴミにすればいい。それだけで人間は救われる」


「でも…それって環境に悪いですよね?」
なんとか絞り出した言葉に、上司は嘲るように笑った。

「環境? 再利用? 世の中で本当にそれを気にしてる人間がどれだけいる? みんな口ではそう言うが、結局は楽を選ぶ。これがその答えだ」


商品の列を眺める僕の目に、このゴミ箱だけが妙に誇らしげに映った。

上司は続けた。
「選ぶ自由なんて幻想だ。選ばされたものを選んでいるだけなんだよ」

僕は手元のペンを握りしめた。
「でも、あなたは選ぶ側ですよね?」

上司はゆっくりと目を細めた。
「そうかもしれない。だが、選ぶ俺もまた、誰かに選ばされているのかもしれない」


棚の商品たちは静かに並んでいる。
選ぶ側の僕と、選ばれる側のそれら。

そして気づいた。

僕が『選ぶ自由』だと思っていたものが、そもそも誰かが作った燃えるゴミだったのだと。


最後まで読んで頂きありがとうございました。


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佐藤直哉(Naoya sato-)
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