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【ショートショート】停止の時代
この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。
「ニュース、見たか?」
彼がカフェの椅子に深く腰掛けながら静かに言った。
「何の話だ?」
僕は冷めたコーヒーを口に含みながら答える。
「成功禁止法だよ。努力も成果も、全部禁止された」
「また奇妙な法律だな」
僕は苦笑しながらスマホを開く。
そこには確かに『成功禁止法案可決』の見出しが踊っていた。
「なんでこんなことになった?」
僕の問いに、彼はため息をつきながら答える。
「政府曰く、競争が人間を疲弊させているからだってさ。成功を目指すな、何もしないことが幸せだ…だそうだ」
外の街を眺める。
歩道には人々が立ち尽くし、動こうとしない。
交差点では信号が変わり続けるが、車も人も進まない。
公園のベンチに座る子どもたちは、何かをするわけでもなく、ただ空を見上げている。
「…みんな幸せになったのか?」
僕がつぶやくと、彼は皮肉げに笑った。
「幸せ?もう誰もそんなこと考えちゃいないよ。幸せを求めるのも成功への道だからな」
「そういえば、お前、前に新しいプロジェクトを始めるって言ってたよな?」
僕が尋ねると、彼はカップを置き、肩をすくめた。
「ああ、最初は本気だったよ。でも『起業』なんて言葉、今じゃ犯罪だ。結局『起休』に切り替えた」
「起休?」
「そうさ。何もしないで止まる。それが俺の新しいプロジェクトだ」
「で、それで満足か?」
僕の言葉に、彼は一瞬黙り込んだ。
そして、カップを手に取りながら答える。
「満足って何だ?今の社会では、満足することすら危険だろう」
僕は考え込んだ。
なぜこんな法律が受け入れられたのか。
なぜ誰も異議を唱えないのか。
考えれば考えるほど、この街の静けさが異常に思えてくる。
カフェを出ると、風が肌を刺すように冷たかった。
道にはゴミ一つ落ちていないが、人の気配もない。
停止線が消えた交差点が広がり、進むべき道を示すものは何もない。
看板の矢印はすべて白く塗りつぶされ、どの方向も『同じ』だ。
歩き続けながら、僕はふと足を止めた。
この静けさに包まれた世界で、進むことがこんなにも罪深いのか、と。
そして気づく。
進むことを恐れる世界に、未来なんて訪れない。
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最後まで読んで頂きありがとうございました。
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