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【ショートショート】平凡課金

この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。

タナカは、PCの画面を見つめていた。
『科学的にあなたの人生を最適化します』と書かれた文字が、薄暗い部屋に不釣り合いなほど明るく輝いている。

中央のボタンにはこうある。
「平凡を選びますか?」


「平凡」
タナカはその言葉を反芻した。

派手でもなく、貧しくもない。
目立たず、争わず、穏やかに生きる。
「それが本当に手に入るなら…」
迷いなくボタンを押した。


次に現れた画面には、手順が箇条書きで並んでいた。

  1. 隣人に笑顔であいさつする。

  2. 毎日同じ時間に近所を散歩する。

  3. スーパーの特売品を探す。

タナカは眉をひそめる。
「これだけか?」

画面右下、目立たない場所に小さな文字が表示された。

「平凡とは、変化を排除することで維持される状態です」


そして、さらに驚くべきメッセージが続く。

「平凡を維持するには、月額9,800円のサブスクリプションが必要です」

タナカは一瞬、考え込んだ。
「平凡にも、維持費がかかるのか…」


ふと、彼は自分の部屋を見渡した。

机の上には積み上がった請求書。
冷蔵庫の中身はわびしい。
散らかった部屋に、人の気配はない。
だが、風が窓を揺らし、夕暮れの光が床に長い影を落とす。

タナカは静かにPCを閉じた。
「この無料の平凡で、十分だ」

彼の視線の先、揺れるカーテン越しに見えたのは、色を失いかけた街並みだった。


最後まで読んで頂きありがとうございました。


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佐藤直哉(Naoya sato-)
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