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灼鋼の蒼海 ~異説・海底軍艦~

謀叛海域編【2】


■世界人口調節審議会

 都内某所。黒澤をはじめとする、戦後日本を裏から牛耳ってきた老人たちが集まっていた。楠見が何者かに誘拐されそうになったことを知った彼らは、世界人口調節審議会が“敵”の手先に違いないと判断、いよいよ戦いの時が近づいてきたと口々に囁く。
「勝てるかな、我々は?」
「さてなぁ。事が露見すれば安保反対どころの騒ぎではなくなることは間違いない。敵を前にして国内世論を統一できるかどうか、それが問題だ」
「ふむ。池田くんで大丈夫かな」
「なぁに、信介のヤツよりゃ腰が据わっているよ」
「ノブやんかぁ。あいつは一高のときから頭はやたらに切れるんだが、ここぞというとこでの粘り腰がなぁ」
「そうは言うが、安保のときゃ良くやったと思うよ」
「まあ、いいさ。もし池田くんがダメなら、首をすげ替えればいいだけだ。簡単な話さ」
「うん。それよりも問題なのは、上原サンが狙われたことだよ」
 その言葉に、そこにいたすべての老人が首肯した。
 上原が狙われたということは、光国海運の正体もすでに知られているとみるべきで、いざという時に備えて急ぎ秘匿名「X」を完成させるべきだ。
「急がないとマスイな」
「建武隊からの新しい報告は?」
 議論が進むと、こんどは誘拐未遂事件をきっかけに、うるさいブンヤ――旗中に目を付けられたことが問題視された。が、彼への対処は黒澤が望んだこともあり、彼に一任されることになった。

 会合終了後、黒澤は背の高い黒ずくめの男――桔梗達也を手元に呼び、旗中に対する意見を求めた。実は桔梗はあの一件以来、ずっと旗中を監視していたのである。
 桔梗は黒澤に、もうそろそろ事が公になったときのことを考えるべきで、旗中という人間はその任に当たらせるには最適だと述べる。
 桔梗の観察によると、旗中はくそったれなブンヤだが一本筋が通った気性の持ち主で、そこらに掃いて捨てるほどいる、他人のプライバシーなどゴミ同然と考えているハイエナとは少しばかり違う種類の人間である。またジャーナリストとしてはいざ知らず、人間としては誠実であり、友誼を結べば信用にたる存在となる。
「私だったら、酒を酌み交わす仲になっておきますな、御前」

 おまえがそういうならばと、黒澤は桔梗に旗中をリクルートするように言いつける。

 いっぽう旗中は、黒澤グループをパイプとする謎のコミュニティの存在に行き当たっていた。
 これが最近よく噂される、笹川良一などが関わっているらしい反共ネットワークかも……と唸っていると、人の良さそうな小太りの男が事務所に訪ねてきた。
 男は礼儀正しく挨拶すると、世界人口調節審議会の小邑と名乗り、その組織理念を語りはじめた。
「我が審議会は、恒久的世界平和を実現することと目的しております。言ってみれば、慈善活動というヤツですな。そもそもなぜ戦争が起こるのか。
 分かりますか? 分からないでしょう。それはね、あなた。人口ですよ、人口。人が多すぎるんです。
 石油に限らず世界の資源は有限です。にも関わらず、人口は増える一方です。資源の供給は追いつかなくなり、さらに食糧さえも不足してくる。それを解決しようと戦争が起きるのです。
 いや、戦争自体はいいんですよ。殺人は人間にとって最高の快楽ですし、国家の命令による大量殺戮は審議会もその素晴らしさ、芸術性、有用性を認めるところですからね。
 ただ、制御されていない戦争は良くない。これは社会の平和と安寧を破壊する、最も愚劣な行いです。

 だいいち身体に良くない。統制された殺戮は人類にほどよい緊張感と快楽、つまり平和を与えてくれます。このような理想世界を実現するためには、まず過剰な人口を減らすことが必要なのです。
 ですが誰彼構わず殺せば良いというものではありません。優れた人材は人類の未来のためにも生き残ってもらわねばなりませんからね。
 え? じゃあ誰を殺せばいいのかって?
 決まっているじゃありませんか。世界の未来に、社会の秩序に必要ではない人物たちを殺すんです。
 例えば作家。ありゃあ良くない。脳内の妄想を書き散らして大衆を扇動する。真っ先に処分すべきでしょうな。 次にあなたのようなジャーナリストととか言う輩。ご託を並べてこれまた無知蒙昧な大衆を扇動する。しかも無自覚に。
 こりゃあなた、大変な罪悪ですよ? 作家はまだ自分たちが書いているブンガクとやらがうそぱっちだと自覚しているが、ジャーナリストという連中はそれさえもない。
 もう、なんというか、害虫です。害虫。ふう、ちょっと喉が乾きましたね。お茶いただけませんか? ああ、どうも。いや、なかなか美味しいですな。静岡の? ほう、私、実はあっちの出なんですよ。どうもごちそうさまです。 とまあ、そういうことなので、死んでいただけますか。あ、そうそう。死ぬ前にX計画について知っていることをお教え下さいね」

 そこまでまくし立てると、小邑はおもむろにトランプを手に取って旗中へ投げつけてきた。
 トランプは縁に炭素ワイヤーが仕込まれた、喉程度なら簡単に切り裂くことのできる、恐るべき凶器だった。
 幸運にも初弾は外れ、びっくりした旗中と西部は取る物も取り敢えず事務所からこけつまろびつ逃げ出した。
 しかし逃げ切ることは叶わず、追いついてきた小邑に「楽に死にたかったらX計画の、海底軍艦についての情報を差し出しなさい」と迫られる。
 だが旗中たちには、一体全体なんのことか分からない。
 要領を得ない不破たちの反応に痺れを切らした小邑が、トドメのトランプを投げたそのとき。
 以前と同じようにいずこともなく桔梗が現れ、スローイングナイフでトランプを弾き飛ばした。
 不利を悟った小邑は逃げるが、監視していた仲間によって口封じに殺されてしまう。
 桔梗は悪夢のような出来事に目を丸くしている旗中を落ち着かせると、彼の組織と敵との戦いについての説明をはじめた。

 敵は太平洋の海底深くを拠点とする深海帝国で、現人類が文明を築く以前に世界を支配していた彼らは、永い時を経て地上の再支配を目論見秘かに侵略を開始しているのだという。
 旗中を狙った人口調節審議会とは様々な事情から深海帝国に忠誠を誓った現人類の裏切り者で、帝国の出先機関としての役目を負わされているのだ。
 旗中を狙ったのは、帝国の脅威「海底軍艦」を建造している“組織”に近づいたために仲間だと誤解されたからだという。
 途方もない説明に「あんた正気か?」と呆れる旗中に、桔梗は「翌日、光国海運の楠見専務を訪ねてくるといい。そこで動かぬ証拠を見せよう」と告げて闇の中へ消えていった。

■過去からの侵略者

 翌日光国海運を訊ねた旗中と西部を待っていたのは、楠見とふたりを救った男、桔梗だった。
 光国海運本社の地下金庫に通されると、二人は楠見がこれまでに収集した深海帝国の文物を見せられた。
「先生、これって昔のお金ですかね?」
 西部が手にしたのは、貨幣を思わせる親指サイズの金属盤で、ひどく薄かった。
「ですかねって、おまえ、もう少し洒落のセンスを磨けよ?」
「洒落と違いますよぉ」
「そいつは敵の工作員が持っていた物で、どうやらカメラらしい」
「カメラ? これが??」
 西部から金属盤を取り上げると、楠見は親指と人差し指でつまみ不破へ向けながら両の指でさするようにした。
 そして二度ほど力を込めてカチカチッと鳴らすと、金属盤の薄い側面から不破の立体映像が空中に投射された。
 目を丸くするふたりに、次は懐中電灯のような合成樹脂製と思しき、幾何学的な紋様が施された掌サイズの棒を見せた。
「こいつの先端からは、レーザーが照射される」
「れーざー?」
「怪力光線だよ。こいつひとつで、自衛隊の新型タンクを破壊することが可能だそうだ」
 旗中たちが目にした品々は、どれもが彼らの想像を超える物だった。
 文物の説明を終えると、桔梗は黒澤健吾が幹部を務める“組織”の成り立ちと概要の話しはじめた……。

 そもそもの発端は昭和18年夏、発展著しい新興財閥の黒澤グループが系列に連なる太平洋興発(株)の調査団を、戦勝によって日本の勢力下に組み込まれた太平洋南部に位置する某島へ、その地下資源を調べるために送り込んだことからはじまった。
 軍部は島に戦略的価値がないと判断し、調査の一切について太平洋興発に一任していた。
 要するに干渉はしないが協力もしないということで、物資の調達や運搬などのすべてが太平洋興発の仕切りによって行われた。
 これについては確かに不便なことが少なくなかったが、逆を言えば調査団が発見した島に隠された重大な秘密の漏洩を防ぐに適切な環境でもあった。
 島に隠された重大な秘密――。
 それは遥かな過去に存在した文明が遺した、驚くべき超科学力を秘めた都市の遺跡だった。遺跡都市は少なくとも古代シュメール文明以前の時代に建造されたものでありながら、そこに用いられている科学技術は現代科学など足下にさえ及ばないほど高度だったのである。
 調査団の報告を知った黒澤グループ総帥黒澤健吾は、現地スタッフに情報を徹底的に秘匿するように厳命した。

 かつて対米避戦を唱えていた“組織”の枢要メンバーだった彼は、海軍内部のシンパからの情報で、すでに前年のミッドウェー海戦で海軍は空母6隻を失った上にガダルカナル島への物資輸送で多数の補助艦艇を喪失。加えて今度はラバウルで消耗戦に引きずり込まれている事実を知っていた。
 また、陸軍はガダルカナル島の攻防戦で惨敗を喫しており、続くアッツ島玉砕の実相も“組織”は知っていた。
 これらの情報から“組織”すでに敗戦は避け得ざるものと見越しており、この超科学を戦後復興の切り札にしようと考えたのだ。
 “組織”には知米派で対米戦争の愚かさを知悉していた政財界人のみならず、元総理の海軍大将米内光政や陸軍大将石原莞爾といった、対米避戦派の高級軍人も含まれていた。
 遺跡都市の存在を知らされた彼らは黒澤の考えに同意、徹底的に現政府、特に軍部から遺跡都市の存在を隠し通すべきだとの結論に達する。
 戦時下にある現在、軍部が遺跡都市の超科学の存在を知れば、必ずや軍事に転用しようと考えるに違いない。
 そうなれば、遺跡都市の記録にある、地上の文明が消え去る原因となった古代戦争の二の舞になってしまうに違いなく、そのような事態は絶対に避けねばならなかった。
 また、たとえ軍事に転用しようとしても、解析と実用化には技術のみならず相応の時間と予算が必要で、そうした状況を整えることは現在の日本では至難の業に近く、貴重な国力を消耗するだけに終わらず、遺跡都市の存在が英米の知るところとなる可能性が考えられた。

 もし英米に知られた挙げ句に敗戦すれば、すべては彼らに奪われることになることは避け得ない。
「アメリカやイギリスは自由主義を掲げているが、それは自分たちに有利なルールを世界に強要するに他ならず、そのような覇道をよしとする輩どもに、超科学を渡すことは絶対に避けなければならん」
 “組織”の決定に従い、黒澤は太平洋興発を通して、遺跡の技術を本格的に解析するための人員を、秘かに島へ送り込み、超常科学と名付けられたそれの研究を進めた。
 やがて調査団は、残されていた記録から、細菌戦争を生き延びた古代人が何処かで存在している可能性が高いことに気づく。
「そんなまさか……!?」と調査団が戸惑う矢先、島を謎の集団が襲撃した。

 半漁人を連想させるような特殊な潜水服に身を包んだ彼らは、見たこともない不思議な発光円盤を武器にして調査団に対し攻撃を開始、その威力を見せつけた。
 だが島には退役軍人からなる警備隊が配置されており、彼らの必死の活躍により謎の集団の撃退に成功する。
 そして捕えた敵の生存者から、彼らはかつて地上を支配した古代文明の末裔で、細菌戦争の破滅から逃れるために太平洋の深海に帝国を築き、長い眠りについていたのだという驚くべき事実を聞かされる。
 彼らはおよそ10年前に覚醒、地上を再征服しようと行動を開始したのである。
 現人類以上の科学力を持ち、世界征服の意志を持つ敵性勢力の存在を知った“組織”は、これまでの戦後復興計画の推進から、来るべき深海帝国の地上侵攻に備えての戦力構築へと方針を変えた。
 秘かに有為の人材が集められ、超科学力を用いた兵器の開発がはじめられた。
 とは言っても、戦時下である。
 計画は遅々として進まず、昭和19年秋に捷一号作戦の失敗で連合艦隊が事実上壊滅したことをきっかけに、“組織”は計画の完全凍結を決定する。
 そして翌20年夏、“組織”の予測通り、日本の敗北は避けられない状態にあった。
 敗戦すれば全軍の武装解除は避けられないうえに、日本自体が占領支配されることは目に見えている。
 そうなっては、これまでの成果は一切の資料とともに連合軍に奪われてしまうだろう。
 すでに東西冷戦の兆しが見えていた当時、人類は新たな火種を抱えることになるに違いない。
 そこで“組織”は情勢が変化するまで地下に潜行し、遺跡都市は新たに編成された建武隊と名付けられた、防衛、調査、建造の能力を持つ部隊が管理することが決定された。
 8月14日深夜、一切の事情を明かされ、その上で島の防衛任務を託された陸海軍将兵を乗せた大型潜水艦・伊号403が横須賀を出港した。
 指揮官は海軍大佐神宮司八郎。
 彼は水上作戦の名手と呼ばれた男で、また、造船技術にも造詣が深かった。
 彼らは世界防衛のためにあえて叛乱の汚名を被り、米軍の厳重な警戒網を潜り抜けて南の海へ姿を消したのだった……。
(つづく)


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