灼鋼の蒼海 ~異説・海底軍艦~
謀叛海域編【3】
■計画再始動
時は経ち昭和27年――。
大戦終結から七年、深海帝国は世界の各国政経軍各所の要人やこれはと狙い定めた人物を、ある時は富を餌に籠絡しある時はクローンと入れ替えていった。
これを察知した“組織”は桔梗率いる秘密戦グループを用い、様々な手段を使ってその陰謀を叩き潰すべく活動を続けていた。有名な下山国鉄総裁事件も、桔梗たちの仕業だった。
一方、天才工学士・丘見丈児博士をリーダーとするプロジェクトチームが深海帝国に対抗する超兵器の設計――X計画に着手、同時に乗組員や戦闘員の養成計画も進められた。“組織”の息の掛かった人間たちを、発足間もない自衛隊に送り込んだのだ。
彼らは一定の期間を終えると除隊し、次に黒澤健吾が戦後に設立した会社、光国海運をはじめとする関連企業に就職した。光国海運は“組織”が人材の受け皿とすべく作った会社だったのだ。
計画再始動からおよそ10年、海底軍艦ともいうべき戦闘力を有する高性能潜水艦<轟天号>が完成に近づいた最近、深海帝国は世界人口調節審議会を隠れ蓑に本格的な破壊活動を開始した。
よほど<轟天号>を脅威と見なしているのだろう、彼らはあらゆる手段を以てその全貌を掴み、抹殺しようと躍起になっていた。上原社長誘拐未遂は、そうした阻止計画の一端が表面化したものだったのである。
そして現代。
桔梗はすべての説明を終えた後、旗中に“組織”に参加してほしいと言い出す。
戦いが始まれば国や国民はもちろんのこと、他国からの協力を得る必要も出てくる。そのとき必要になる、人々にこの戦いへの理解を求めるための役目を担って欲しいのだという。
また、いざというときには<轟天号>に乗り込み、深海帝国との戦いの一切を記録してほしいと述べた。
「どうかな。独占取材だと思ってもらって構わない。ジャーナリスト冥利につきると思うが?」
少しばかり逡巡した後、旗中は桔梗の申し出を承諾、“組織”のメンバーとなった。
そうなったら善は急げと<轟天号>が建造されている島へ楠見と共に旅立つことになった。
機密保持のために真琴には一切話していないことを知らされた旗中は、建武隊の家族には神宮司たちが生きていること、汚名は偽装工作の一環だったのだと知らせるべきだと主張、黒澤もこれに同意した。
そして父の生存を知らされた真琴も、複雑な想いを胸に島へ同行することになった。
■艦隊叛乱
桔梗に引率された旗中たち一行は、まず飛行機で東南アジアの某国へ移動、そこで建武隊の一員である天野兵曹長と名乗る壮年の日本人と合流する。
そしてある港町のホテルで一泊した後、漁船を仕立てて建武隊の待つ島へ向かって出発するのだが、その行動はすべて深海帝国に筒抜けだった。
一行の中に世界人口調節審議会のスパイが潜んでいたのだ。しかし一行はそれにまったく気は付くことなく、天野の案内で島の地下に建造された秘密基地へ辿り着く。
島には戦中に太平洋興発が建造した港とドックがあったが、これはダミーで発電システムや海底軍艦――<轟天号>の建造に必要な施設の一切は、すべて地下の大空洞に作られていたのである。
<轟天号>はほぼ完成しており、後は公試を残すのみという状態だった。
艦首にドリルを備え、潜水艦とロケットを掛け合わせたような異形の戦闘艦<轟天号>の姿に目を丸くする旗中たちの前に、白い旧帝国海軍の軍装の身を包んだ初老の男性が姿を現した。彼こそ建武隊司令官、元海軍大佐神宮司八郎だった。
父との再会を果たした真琴だったが、無言でその場から立ち去ってしまう。なぜ引き止めないんですか!? という不破に対し、神宮司は「大儀のために家族を棄てた私に、いったい何を言えというのか」と静かに答える。
だが旗中は、自分のやったことに自信が、大儀があるのなら胸を張って言えばいい。ゆえなく棄てたのではない、世界を守り家族を守るための行動だったのだ、理解してほしいと言うべきだ、と諭し真琴を追う。
島の中央の湖畔で真琴は旗中に「なぜ家族をそうも簡単に捨てられるの!? 大儀大儀って、そんなに大事なことなの!?」と言葉をぶつける。
「俺だって大佐と同じ境遇に置かれたら、きっと同じことをする。最近は個人主義とか言って、なんでもかんでもてめぇが大事って風潮があるけどさ、やっぱり人間てそうじゃないんだよ。たとえ一時は辛くても、それが大切な家族を守るためならやっちゃうんだよ。男ってそんなもんなんだよ」
旗中の言葉に彼女も頷き、神宮司との和解が成るのだった。
一方、スパイからの情報で<轟天号>の所在地を知った深海帝国は、神宮司や彼の背後に潜む“組織”に改めて脅威を感じた。
“組織”が解明した遺跡都市の超技術は、実はその全容の万分の一程度に過ぎなかった。古代人の科学力はあまりにも進みすぎており、現代人の知識と能力ではすべてを解析し我が物とすることは不可能だったのだ。
にも関わらず、彼らはその万分の一を独自の工夫で応用し、高性能潜水艦<轟天号>を作り上げた。
もし充分な時間を与えたら、半世紀もしないうちに超科学を使いこなすようになってしまうかもしれない。
「なんとも驚くべき知識欲よ」
燃えるような真紅の髪が美しい深海帝国皇帝ルクレティア二世は、スパイの報告にわずかではあるものの身を震わせた。
もはや<轟天号>>を、いや地上人をこれ以上放っておくわけにはいかない。彼女は速やかな地上侵攻を決意、まずは<轟天号>を破壊せよとの勅命を下す。
命令を受けたスパイは、秘かに身につけていた超小型高性能爆弾スパイナーQでドックを破壊する。
爆破されたドックは崩落、<轟天号>は落下してきた岩やら鉄材の下敷きになってしまう。
幸運にも<轟天号>自体は損傷しなかったが、まったく身動きが取れなくなってしまう。
敵の破壊工作員が基地に潜入していたことに気がついた神宮司は、部下に犯人の発見と拘束、そして崩落した岩、鉄骨の除去を命じる。
急ぎ作業が開始されるが、いずこからか銃撃が加えられ、幾人もの隊員が倒れてしまう。
「敵だ! 捕まえろ!!」
保安隊員たちは銃器を手にして反撃、犠牲を出しながらも犯人を追い詰めた。
「貴様、従軍記者の助手ではないか!?」
犯人は西部だった。
「ははははは! すでにこの基地は帝国の知るところとなった。すぐに猛攻撃が開始される。海底軍艦は動くことなく最期を迎えるのだ!!」
暢気な西部の貌が、まったくの別人へと変化した。
「西部!?」
「違う。あれは光迷彩だ」
桔梗が言った。
「光迷彩!?」
西部はスパイではなかった。否、正確にはスパイは港町に立ち寄った夜に西部を拘束し彼にすり替わったのだ。
同じ頃、猿ぐつわに加えて両手両脚を縛られた格好の本物の西部は、ホテルの物置小屋で発見されていた。
「先生~~。桔梗さ~~ん。みんなどこに行ったんだよぉ」
脱出不可能と悟ったスパイは、身につけたすべてのスパイナーQを爆発させようとする。
「たとえこの基地がチルソナイト製の装甲を用いていても、これだけのスパイナーがいちどきに爆発すればただではすむまい」
「やめろ、貴様も死ぬぞ!?」
「覚悟の上よ! 祖国と同胞のためなら、死など恐るるに足らん」
スパイは右手の機関拳銃で、取り囲んでいる隊員たちを威嚇しながら、左手に起爆装置を握った。
「皇帝陛下万歳! 帝国に勝利あれ!!」
起爆装置が押されようとしたそのとき、抜く手を見せない電光石火の早業で、桔梗のナイフが宙を飛び左手の甲に突き刺さった。
「ぎゃあ!」
思わぬ激痛に左手から起爆装置を落としてしまうスパイ。その一瞬を突いて保安隊員のひとりが飛びかかるが銃弾を受けて死亡、仲間の仇といわんばかりに保安隊員たちの銃口が一斉に火を噴き、スパイは蜂の巣になって絶命した。
<轟天号>の爆破には失敗したが、用心深いルクレティア二世の命令によるもうひとつの計画はすでに実行に移されており、深海帝国の尖兵となった叛乱艦隊は<轟天号>建武隊基地に接近しつつあった。
叛乱艦隊――。
それは各国海軍の実働部隊の要に位置する将校や水兵たちを拉致し洗脳、あるいは工作員やクローンと入れ替え、命令があり次第に叛乱決起して艦を掌握するという計画だった。
頻発していた艦艇の無許可離隊事件は、帝国がクローンと入れ替える工作を行ったがゆえのことだったのだ。
命令を受けたクローン、もしくは洗脳された将兵と工作員たちは手筈通りに艦隊乗っ取り計画を実行、アメリカ、ソ連、イギリス、フランスの最新鋭艦を含む艦艇を支配下に置き、次々と艦隊からの離脱した。
その中には、シー・オービット作戦中だった最新鋭の原子力空母「エンタープライズ」や原子力ミサイル巡洋艦「ロングビーチ」「ベインブリッジ」からなる第1原子力任務部隊の姿もあった。
叛乱艦は太平洋上で合流、深海帝国の提督ハルバドスは司令部を「エンタープライズ」に設置すると、<轟天号>建武隊基地へ針路をとる。深海帝国は世界征服を進める際の最大の障害である<轟天号>を排除するため、叛乱艦隊で島ごと叩き潰そうというのだ。
「殲滅せよ、殲滅せよ! 帝国に仇なす海底軍艦を、かならずや抹殺するのだ!!」
原子力空母「エンタープライズ」から発進した新鋭機ファントムⅡをはじめとする艦載機の群れが島を徹底的に爆撃、次いで戦艦、巡洋艦が艦砲およびミサイルを叩きこんでいく。
神宮司大佐は急いで全島に総員退避命令を発令する一方で、旗中や真琴、乗組員を試運転前の<蒼天>に収容する。空襲によって島がその形を変えつつある中、本格的に地下ドックの崩落がはじまっていた。
「次元ボイラー内圧力上昇…………圧力、定格出力に達しました」
「第1、第2、第3、第4タービンへの閉鎖弁開け」
「……フライホイール始動…タービン起動確認!」
<轟天号>の推進器が唸りをあげたその瞬間、大型爆弾が天蓋を突き破り武器庫に落下、地下ドックは地獄のような爆焔に包まれてしまった。
「神宮司大佐ぁ!」
海上に脱出していた建武隊隊員たちの目の前で、島は大爆発を起こして太平洋から姿を消してしまった。
■桑港大海戦
最大の脅威たる<轟天号>が島ごと吹き飛んだとの報告に、ルクレティア二世は頷いた。海底軍艦と遺跡都市さえなくなれば、帝国に恐いものなどありはしない。
彼女は世界への宣戦布告に先立ち、守護龍マンダの像に跪き祖霊への祈りを捧げながらひとり思った。
「おそらく妾は後世に、比べるものもないほどの悪名を残すであろう。これから愛すべき臣民たちを欺き、死地に追いやらねばならぬ。
いままでの謀略など比較にもならなぬほど多くの血が流れることは避けられまい。地上の民人も数多く死ぬであろう。
最後には帝国さえも消えて無くなるやもしれん。だが“あの悲劇”を回避し、人類が千年万年の安寧と未来を得るには、避けては通れぬ途なのだ。許せ、皆の者」
ルクレティア二世は重臣を集めると開戦の詔勅を下し、全世界に対して武装解除と降伏を勧告する。
「妾は太古の昔、あまねく地上を支配した帝国の正統なる継承者なり。全世界の民に告ぐ。速やかに武器を棄て帝国に降るがよい」
おとなしく降伏すれば、属国として生きながらえることを許す、と告げた。しかし国連安保理はこれを拒否、各国は徹底抗戦の構えを見せる。
「愚か者どもめ。帝国の力を見せてやろうぞ」
ルクレティア二世がアメリカ合衆国の「破壊」を宣言すると、いずこからともなく行方不明になっていた原潜「A・リンカーン」が、太平洋にその姿を現した。「A・リンカーン」は深海帝国の手に落ちていたのだ。やがて叛乱艦隊から差し向けられた駆逐艦戦隊が合流、アメリカ西海岸へと進撃を開始した。
これを知った米海軍は太平洋にピケットラインを敷くが善戦空しく敗北、「A・リンカーン」部隊はサンフランシスコ沖に悠々とその姿を現した。
太平洋艦隊敗北の報を受けた大統領のもとに、ルクレティア二世から最後通牒がもたらされた。
条件は全アメリカ軍の武装解除と降伏、そして帝国への隷属だった。拒否すれば見せしめにサンフランシスコ・シティを「A・リンカーン」に搭載されている核ミサイルで消滅させるという。
空軍機が発進し「A・リンカーン」への爆撃を繰り返すが相手は潜水艦、思うように攻撃の効果は上がらない。さらに水爆搭載艦接近の報に人々はパニックに襲われ、街は大混乱になってしまう。
このままではサンフランシスコは核の炎で焼き尽くされてしまう……。大統領が屈辱の決断を下そうとしたその時――。
湾の海底からドリルを回転させつつ、上部構造物を収納した<轟天号>が出現する。
「海底から正体不明の物体が出現! 本艦に接近します!!」
「なにぃ!?」
島が吹き飛ぶ寸前、<轟天号>はドリルを使って、地底に逃げおおせていたのだ。
「! 海底軍艦かっ!?」
報告を受けたハルバドスは、<轟天号>抹殺に失敗したことを悟り、臍を噛んだ。
目標を捕捉した神宮司は、すぐさま攻撃命令を下す。
「魚雷発射管1番から四番、撃っ!」
装填済みの艦首魚雷発射管から一斉に放たれた62式電磁推進式魚雷は、駆逐艦の土手っ腹を貫き撃沈せしめた。
しかし残った駆逐隊はすぐさま反撃を開始、逃げ場のない湾内にありったけの爆雷を投下したため、海面はまるで噴火でもしたかの様に爆発し煮えたぎる。
これでは、如何なる高性能潜水艦でも、ただでは済むわけがない。駆逐艦の指揮官たちは勝利を確信するが、次の瞬間、それは驚愕の表情に変わった。
爆圧に艦体を押し上げられた<轟天号>は、そのまま垂直推進器を始動させ空中に飛翔したのだ。飛沫を上げて回転をはじめるドリルとカッター。
「全艦衝角戦に備えっ!」
神宮司の命令一下、<轟天号>は再び艦橋などの上部構造物を艦体へ収納し、湾内に浮かぶ敵艦目がけて突っ込んでいく。
いまや人類の敵となったアメリカ海軍の新鋭駆逐艦の群れが、なす術もなく一本の巨大なドリル兵器と化した轟天号によって沈められていく。
「こうなれば……!」
情況をモニターしていたハルバドスは敗北を悟ると、クローン指揮官に自爆を命じて自分は艦から脱出する。せめて<轟天号>を道連れにしようというのだ。
だが神宮司の判断の方が早かった。彼は冷線砲の照射を命令、「A・リンカーン」を瞬時に凍結化させる。
「粉砕せよ!!」
轟天号は湾に浮かぶ氷と化した「A・リンカーン」をドリルで砕き、見事サンフランシスコの危機を救ったのだった。
(謀叛海域編 了)
(つづく)
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