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不可知論はどこまで知れませんか?例を手に
他人の事でも解決する必要が存在する時はある
観察してわからないことばかりでも、手をうつ必要は、ある
人間に全く関係ないことだと理解できないのでは?という観点も、じつは存在する
ひとつ重要な話だが逆学歴コンプレックスっていう状態の人も結局はハードルをさげてあげるのがスタートだと思われる
劣等感というのは思わぬところから、わいてくるものだ
なので衒学だとかボースティングだとか経歴をほのめかして来てるとか他意に関しての事は実際は少ない
それも含めて包括的には、クヨクヨした気もちに根源があって、敢えてへりくだる程のやり手なのだとは言えはしない
そうだとしても「面白がってあげられるよ」というアプローチのフォローをすると、ややへこみ易い
コンプレックスを刺激する程コンプレックスまるだしでしたよねみたいに感じる
たしかにそこにも「学」がはいるのだから、高尚な用意を相手は更に、する
切磋琢磨してプレッシャーが上っていく
選べなかったほうを互いに受け止めかねて(実情を知らず)相互の問題として迷っているので困っているので解決は、まだ出来る
可能性の少しある状態
戦いを知らない人は戦いの苦しさに立脚できないのが一点もうひとつ述べられるのは、正々堂々すでに闘いのルールなのに、正しくないかの様に言う事、その2立脚点から戦後の作家は論難した
守ってもらったぶんざいでという感情もあっただろう
特筆すべきだ
恩人かも知れない可能性があるなかで、優しい事を言いだす
それも闘いのおかげであぐらをかいていた
そういうことになると面倒だ
ヤッカイきわまる領域
悪魔の証明は全てに証明なら適用されるわけではない
断定出来る事というのは存在はする
少しでしかないけども
消去法で明らかに具体的な1つが残ったような場合だ
それに限らない様々なパターンがある
断言が効力を持ってるのはそういう場合
全部が曖昧な世界ではない
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