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”思い通りにならない君をたまに僕はうっとうしく感じてる”

「ごめん。電気をつけて。あと、イヤホンを取って。」
「…。」
冷たく、薄暗い寝室。コンクリートで打ちっぱなしの部屋みたいに、寒々しい。物は少なく、照明も2つ。外は風がにおいを漂わせていて、風は窓に口づけをする。外と内を完全に分けるこの空間の構造はまるで地下室。もしくは監獄。そのように思えるこの部屋は、彼女の淡い空気のおかげで、いくらか程度を保っているようだった。
「早く。そこにあるから。」
「…。」
彼女は、さっぱりしたみずみずしさをどこかへ押しやって、ベッドから立ち上がり、かすかに手を動かした。
「ん。これ?」
分かっているのに聞く、意味のない言葉。彼女の今できる抵抗はここまでだった。指先一つの動きにも、意味をつけながら、彼を見つめる。それでも、彼はぼそぼそと独りごとを、忘れてしまうことが一番怖いことだとでもいうかのように、繰り返し、ドアノブ一点を見つめながら口にするのみだった。そんな彼の姿が目に映らないかのように、彼女は瞳をうまく固定する。一ミリも、微生物の進化を、見逃すまいとするかのように。
おそらく18秒。彼女にとってはもっと長い時間であったであろう18秒が、真っ白な一室を真空保存した。
「…私はもう寝るからね。」
彼に、そっとイヤホンを渡して、そして彼の反対側を向いて目をつぶった。彼女は、うるうると今にも出ていきそうな言葉の数々を抑えるのに必死なはずだった。その副作用か、彼女の肩は、小さく振動するのであった。彼は、それに気づかないまま、小さく歌う。それが子守歌でもあるかのように。たった今、浮かんできた言葉を、当たり前に世界に存在したかのように、何気なく、口にするのであった。
2人が言葉を交わした30分後、彼は歌い続ける合間の一呼吸で、寝ている彼女の頭をなでる。
「…この先には連れていけないかな。」

もう少しだ。あと少しだけ。
そして、彼は思っていることと思っていないことを、すこしうやむやにして、投げやりに口にする。

“思い通りにならない君をたまに僕はうっとうしく感じてる”

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