東大受験の点数と人間考察

 いつものように東大卒の人生を考える会さんの興味深い記事を読んだ。

  筆者は以前、学校での得意科目から人間考察を導いたことがあるのだが、今回は入試の点数から性格や予後について考えてみたいと思う。筆者は東大文系出身なので東大文系受験の話になる。

 東大生というと点数や偏差値に拘っている人達というイメージがある。それは必ずしも間違ってはいないのだが、入試の点数に関しては1年生の夏を過ぎるとあまり話題にならなくなる。というのも、進振りの点数や資格試験の合格、さらにはジェネラリスト的な「優秀さ」など、他に比べる項目が多すぎるからだ。したがって筆者も意外と大学2年以降に知り合った人達の入試の点数はほとんど知らなかったりする。

 とはいえ、得意科目の話と同様に一定程度の考察は可能である。人間考察と言うより受験考察の色彩が濃くなるかもしれない。

 まず、東大受験のボラティリティがどれくらいあるのかという話を考えたい。東大の場合、早慶や国立医学部等と比べても、当日の運不運はあまり多くないという印象だ。東大入試は「東大生になる人を拾うため」の入試である。受かるべき人はやっぱり受かるし、運悪く落ちたとしても浪人で復活してくる。日本の受験の中でも精度が高いのではないかと思う。

 筆者の体感になってしまうが、10点差以上の合格は明確に余裕があり、5~10点差の合格もだいたい実力である。逆に10点差以上の不合格は明確に実力が不足していて、5~10点差の不合格も何かしらの苦手科目が足を引っ張っていることが多い。文科一類の場合、10点差の不合格は定員400人の所を550番目あたりに位置していることになる。これは全く惜しくない。400人の枠のうち、上位150人は東大ですら余裕の人たちで、もはや推薦入試のようなものだ。次の150人も概ねA判定〜B判定をウロウロしている安全圏の人たちなので枠はいっぱいである。ボーダー層は残りの100枠を200人〜300人ほどで争うことになる。550番の場合はボーダー層の中でも末席に近く、かなり差があると言わざるを得ない。文科一類を例に取ったが、他の科類に関しても大きくは変わらないだろう。

  というわけで、本番の点数は実力のプラスマイナス10点以内に収まり、多くの人はプラスマイナス5点以内に収まるのでは無いかと思う。東大入試の一点の重みは大きい。東大理一と東大理三の合格最低点は筆者の時代はだいたい60点くらい開いていたが、両者のボーダー偏差値もだいたい10くらい離れていた。東大入試の6点が模試での偏差値の1に相当するわけである。

  筆者の周囲の話を聞いていると、意外に数点差の合格者は多かった。センター試験の加点のお陰で2点差でギリギリ滑り込みんだ者などは意外に珍しくないのではないかと思う。これは入試の点数分布の性質が原因である。模試の点数は逆転合格なども多いので、分布は壺型をしている。東大の偏差値が65だとして、偏差値70の合格者と偏差値60の合格者が同数ということだ。しかし、入試本番の場合は下が切り取られるため、ピラミッドのような分布となる。一番層が歩いのはボーダー付近であり、一点に10人とか15人がひしめいているわけである。裏を返せば2点差の不合格は文科一類で言えば430番くらいに当たり、惜しいといえば惜しいが結構壁がある印象である。

 最低点+0点〜10点当たりの合格者は浪人生がかなり多かった。筆者の周囲を見ても、現役時に2点差で落ち、浪人して1点差で合格したという者は珍しくなかった。模試で常に最上位だったのに、本番の開示を見てみると、数点差だったという話も聞いたことがある。ユーチューバーの「チェリー東大あきぴで」も、模試は一桁だったのに、本番はなんと最低点だったそうだ。筆者の感覚論だが、数学に苦手要素を抱える場合、どうしても一定の水準で点数が伸び悩むため、最低点付近で苦しい入試を戦うことになりがちである。一年間の浪人で数点しか伸びなかったと考えるとちょっと悲しいが、その数点は人生を分ける数点だったわけである。

 もう一つのパターンは直前期にぐんぐん点数を伸ばしてきた公立高校の出身者で、浪人覚悟で出願したところ、ギリギリ受かっていたというパターンが多い。筆者の周囲だけかもしれないが、彼らは強気に出られるだけのセンター試験の点数を確保していた印象である。830点とか840点といった水準が多かった。

 次に10点〜20点差で合格したパターンだが、この辺りは東大の中でも一番目立たない層である。おそらく、入試の話自体をほとんどしないのではないか。受験の話が面白くなるのはギリギリの場合と上位層の場合であり、10点〜20点差のゾーンは本当にネタが無いのである。まぐれ合格ではなく、ある程度の実力を持っているが、特に上位というわけでもなく、本当につまらない。B判定辺りでウロウロしていた現役生と、ど真ん中の浪人生が該当するだろうか。

 次に20点〜30点差で合格したパターンだが、この辺りがだいたい平均点となる。ただし、順位的には真ん中よりは上で、上位30%くらいの付近となるだろう。だいたい模試の判定ではA判定だが、現役生の場合は直前の追い上げで上位に来たという人もいる。浪人生の場合はまとまった数が分布しているのは、この辺りが上限だろうか。このゾーンは何回受験をやっても合格するという人たちである。模試でそこそこの順位におり、なおかつ直前期の追い込みでプラスアルファを獲得するとこの辺りになるはずだ。運動部の出身者は部活を引退してから凄まじい体力と集中力で学力を伸ばしていくので、結構この辺りのポジションにいることが多い。

 30点〜50点差のゾーンとなると、かなり雰囲気が異なってくる。この辺りになると同じ大学とは言えないくらいに学力が開いてきていて、大体が模試の常連者になってくる。クラスでもかなり上位にいるのではないか。特徴的なのは多くが中高一貫校の出身者であることである。地元に中高一貫校が多い鹿児島県や広島県の出身者はよく見られる一方、地元に強い一貫校が少ない愛知県や宮城県の出身者はあまり見ない。もちろん首都圏や関西圏の出身者はかなり多い。また、筆者の観測範囲では鉄緑会の出身者が非常に多かった。このゾーンは理系で言うと京大医学部に相当する学力なので、特徴もかなり似通ってくるのだろう。基本的にこのゾーンに行くには①英数が強い②夏の模試の時点で上位に付けている③直前期にグングン追い上げる、という3つの条件を満たす必要がある。

 最後に50点差以上のゾーンである。この辺りになってくると300点を超えることが珍しくなく、理系でいうと理科三類の合格水準に近くなってくる。必然的に属性も似通ってくるだろう。ほとんどが中高一貫校の出身であり、地方公立や高校受験組は少ない。出身高校としては際立つのは灘や東大寺といった関西進学校だ。彼らは模試でも本番でも上位で、センター試験の点数もしっかり取ってくる。ラサールや広島学院といった西日本の有名中高一貫校も同様である。もちろん筑駒・桜蔭・聖光・渋幕・豊島岡といった首都圏進学校も大量に存在するが、なぜか開成と麻布の出身者は見ない。両校は大量の東大合格者を排出しているのに、あまり受験レジェンド的な人は多くない気がする。もちろん入ってから優秀な人はたくさんいるのだが、受験の点数という点では地味だ。校風の問題で直前の追い上げで合格していく人が多いのだろう。浪人してから本気を出すという者も多く、現にこの手の進学校の浪人合格者はやたら多い。特に麻布に至っては(筆者の周囲だけだろうが)現役生を殆ど見なかった。

 これより上のゾーンにも序列は存在すると思われるが、ここまで来ると筆者も良くわからない。ちなみにどうでもいい話だが、このような傾向は昔から変わらなかったようだ。1960年代においても合格上位者はほとんどが現役生で、灘・日比谷・教育大附属の出身者が多かったそうだ。一方、二浪生はほとんどがボーダーとの調査がある。

 さて、この入試の点数と入ってからの優秀さや「予後」に関係があるのかという話だが、ある程度は関係があると思う。受験勉強の才能は確かに社会に出てからあまり役に立つとは思えないが、直前の追い上げや、計画的な勉強スタイルなど、性格面を反映している可能性は高いからだ。

 筆者の観測範囲にすぎないが、文科二類の場合、30点差以上で合格しているタイプは大体が超優秀層である。彼らは入学後のビジョンを持って進んでいることが多く、入ってからは進振りで超難関の学科に進んだり、外資コンサルに行く人が多かった。彼らは日頃からコツコツと勉強し、A判定をとっても慢心せずに最後の追い上げを詰める人たちである。

 一方、文科一類の場合はあまり相関は見られない印象である。上位層は民間企業に就職するタイプはあまり見なかったが、全員が官僚や弁護士になるかというと、そんなことはなく、落ちこぼれたり、ドロップアウトしてしまう者もいた。先ほど関西進学校は優秀という話を述べたが、それが必ずしも「予後」に影響しないのもこのためである。文科一類の場合は(今は変わっているようだが)成績が良いからという理由でなんとなく進学している者が多かったからかもしれない。法律の適正が受験とは異なるという事情もあるだろうか。

 また、発達障害傾向の人間は民間就活に警戒感を持つ傾向があり、民間色のイメージが強い文科二類の上位層に発達障害傾向の人間は見かけなかった。筆者の体感だが、発達障害傾向の東大生の頻度は理一・文一≧理二・理三≧文二・文三ではないかと思う。ついでに言うと医科歯科・千葉医等に進んだ同級生にも発達障害傾向の人間はあまり見かけなかったので、おそらく彼らは実学系の進路の選好が弱いのではないかと思われる。

 引用元の記事でも言及されていたが、ギリギリ合格の人間の予後はそこまで悪くない。浪人してギリギリのところでプレッシャーと戦っていた人間や、現役で最後の追い上げで滑り込んできた人間が多いからだ。ある意味で勝負強いとも言える。一方、上位層の人たちは全員ではないにしても相応の勤勉さと頭脳を持っていることが多く、社会に出てからも安定して出力していくのではないかと思う。合格ラインを超えているのに、更に上を目指して努力できる人たちであり、自分にも他人にも厳しいタイプが多い。また、上位に食い込むにはどうしても苦手科目を潰す勉強が必要であるため、嫌いな科目の勉強にも一生懸命取り組む姿勢が必須である。こういった態度もまた、彼らの優秀さに寄与しているのではないかと思う。

 おそらく、引用元の記事で挙げられていた中間層の予後の悪さは性格的な問題も絡んでくるのではないかと思う。中間層で合格してくるタイプは浪人してから本気を出した一浪と、「東大に行ければ良いや」といい加減に勉強していた現役が多く、どちらも入学後に優秀層を目指すようなメンタリティではない。ギリギリ合格であればむしろ入学後も頑張ろうというモチベになるかもしれないが、そういった危機感も無いので、漫然と過ごしがちである。ちなみに上位層で予後が悪い場合は、受験勉強で燃え尽きたケース(女子に多い)、一人暮らしでバランスを崩したケース(男子に多い)、専門分野の勉強に適性が無かったケースが見られる。

 筆者の場合はどうかというと、夏の模試でA判定であり、冊子掲載もされたため、完全に油断してしまった。夏休みから秋にかけては漫画の考察にハマったり、海外に渡航するなどして、ズルズルと成績は下がっていった。危険水域を割ると流石に焦ってきて頑張るので多少は持ち直したが、常に真ん中辺りで上下している感覚だった。どうにも筆者は慢心しやすく、安定した努力ができないタイプであり、これがその後の人生にも影響を与えている。模試の成績が良かったくらいで慢心する人間が、東大に合格して舞い上がらないわけがなく、その後もどこか浮ついた気分のままだった。したがって、筆者のポジションはズルズルと下がり続けている。こういった記事を未だに書いている時点で、心のどこかには油断と慢心が残っているのだろう。


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