なぜ東大卒はホワイト企業に入れないのか
このような投稿を発見した。
たしかになあという感想である。筆者の時代の環境に照らしてもこの現象は間違いなく存在する。人気企業は大学の偏差値に比べて変動しやすいが、大まかな構造は変わらないだろう。東大卒だからといって仕事の能力が高い訳では無いし、仕事に人生を見出しているわけではないはずだ。特に少し前までの女子の場合は露骨である。東大卒であっても専業主婦になりたい人がいても問題ないはずなのだが、現実問題として18歳の時に勉強ができたという理由でキャリアウーマンの道を辿ることになった女性は多い。
今回はなぜ東大卒は明確な実利があるはずのWLB系の企業に進まず、ブラックな大手企業に行ってしまうのか?という理由について考察したい。早慶の就活とにている点もあるが、異なる点もいくつか存在し、東大卒不幸論争との類似点が数多いのである。
1.WLB系の企業が相場感に合ってない
大学受験と違い、就活には偏差値が存在しない。その理由はコースの分岐が多すぎるからでもあるし、ボラティリティが大きすぎるからでもあるのだが、最大の理由は就職がコモディティ的ではないからである。偏差値の生態学の記事でも述べたが、競合排除則と同じで似たような性質を持っている学校は序列化される傾向が強い。どこに行っても同じだからこそ、格付けが固定化するのだ。就職先の場合は変数が多いため、序列化にはほとんど向かない。
そうとは言っても、新卒就活の文脈ではある程度の相場感というものはある。これはある意味で日本の新卒主義社会の弊害かもしれない。日本では就職先の選別は学歴が基準となることが多いので、「東大だったらこのあたりの企業には入っておきたいよね」という雰囲気は相場感に存在するだろう。やはり東大卒を10人以上採用しているような企業に進むものだと考えている人間が多いはずだ。この点、先程挙げられたようなWLB系の就職先は東大卒の相場感からはギリギリ外れているので、選ばれにくいというのが原因として存在するはずだ。エントリーしたとしても志望度の低さを見抜かれたり、超大手に内定してついついそちらに行ってしまったりということが多い。
なお、この相場感は東大生固有の発明品ではない。早慶においても「大手病」と呼ばれるような学生は多いし、マーチの場合は大手に入ることが人生の勝負という感じもあるだろう。多すぎる人生のコースを何らかの形で選別する以上、やはり学歴の相場感というのは社会的に不可避なものだと思う。
更に言うと東大生の相場感は外部の人間の方が高いかもしれない。筆者はサラリーマンになったと言うと昔の知り合いには驚かれた事がある。てっきり官僚になっていると思われていたらしい。老人なんかは未だに東大=大蔵官僚・通産官僚・自治官僚、みたいな解像度の人もいるし、そうでなくても外銀やコンサルに行っていると思っている人もいるようだ。実は東大卒の評価は二重構造になっており、労働市場での評価と世間一般での評価が乖離しているのだが、ここに関しては別の機会に触れたいところである。
2.レールから外れたがらない
東大生の大半は進学校の出身である。中学受験で御三家等に合格し、当然周囲からは東大に行くと思われ、実際に進学した人たちの集まりだ。別に開成だからといって東大に行かなければならないという決まりは無いはずだが、東大に進んだ人間は進学校の相場感に合わせて進路選択を選んでいる。同様のノリで就活を行っている人間は多いだろう。
医者に興味ないのに東大理三に行く人間がいるのと同様に、単に優秀だからという理由で外銀を目指す人間は確実に存在するはずだ。もちろん大学受験と違って階層化はされていないだろうが、それでも「難関」とか「選抜」といった概念には弱い。日本のメンバーシップ型雇用は「学校歴」社会と親和性が高く、学歴と同じノリで就活が行われるのはやむを得ないところがある。
ただし、この点を過大評価してはならない。実際の東大生は意外に進路選択に関しては多様で、皆が何が何でも外資系を目指すという雰囲気ではない。そういった激務系の場所ではやっていけないから、自分でもやっていけそうなところを選ぶという人も一定数存在する。
議論あるところではあるが、いわゆる大手企業の難易度や社会的威信は早慶くらいであり、東大生の相場感と本当に釣り合っていると思えるのは外銀や官僚といった一部の業界に限られる。このようなバグった相場感を持っているため、東大卒の進路選択は控えめであっても民間就活の文脈では上位クラスになってしまうのである。
そういったレールに魅力を感じず、相場感を無視して就活する人間もいるのだが、その場合は強烈なこだわりがあるケースがほとんどだ。例えば筆者の周囲にもどうしてもゲーム会社に就職したくてそちらの業界に進んだ人間もいる。ただ彼らはWLBとは全く別の観点で進路選択をしているので、別のカテゴリだろう。
3.民間企業について調べていない
これは結構無視できない要因である。慶応の経済学部や一橋の場合は民間企業への就職が花形であり、早期からどのような業界のどのような企業に入りたいかということを念入りに調べている。インターン等の参加も盛んである。一方、東大の場合は実学寄りの大学ではない上に先述のように相場感がバグっているため、民間就職があまり花形ではなかったりする。官僚や研究者を目指していて、民間企業に関してはロクに調べていないという人間も珍しくない。また、民間志望であっても「東大なら良いところに就職できるだろう」という自信から慶応や一橋の人間ほどきちんと業界研究をやっていないことが多い。
それでも東大生は大手企業に内定してしまうことが多いのだが、民間企業への解像度が低いのでどうしてもキラキラした有名企業に飛びつきがちである。WLB系の企業はそこまで目立たない上に東大からの就職者も多くないので、気づくに至らないケースが多い。こうした就活の軸を確定させるには早期の情報収集が不可欠なのだ。
なお、これは学部によっても異なる印象だ。経済学部の場合はビジネス志向が強いので、WLB系の就職先を戦略的に狙うという者も多いだろう。ただし、経済学部はガツガツしたところもあるので、やはり周囲に流されて一流企業を目指すという者の方が多いと思う。文学部等の場合はキャリア上の上昇志向は緩いかもしれないが、そもそも就職活動に戦略的に取り組んでなかったり、興味を優先するというケースが珍しくなく、WLB系の企業を目指す人間がどこまでいるのかはわからない。法学部の場合は民間企業に関してほとんど真面目に調べていない者が大半である。いたとしても「こだわり型」なので、WLB系の企業には行き着かない。理系の場合は理系就職がデフォルトであり、あえて文系就職したいという人間は激務志向ばかりである。
4.逆学歴フィルターの存在
これは下手すると最重要である。筆者の周囲にも働くのが好きではなくて、WLB系の企業を受けたがる人間は多かったのだが、結構な確率で落ちてメガバンク等に進んでいた。実は東大がWLB系の企業を受けると逆学歴フィルターで落とされるケースもある。
これは就職偏差値が機能しない理由でもあるのだが、上位の企業に内定できるからといって、下位の企業に内定できるとは限らない。むしろ相場感を下回る場合は落とされてしまうということもある。奇妙な現象ではあるが、「難関」とされる大手の方が受かりやすいというケースが存在する。
理由は想像が付く。東大生の相場感を明確に下回るような就職先の場合、そのようなところに応募する東大生は何らかの問題を抱えてたり、最初からやる気が無かったりするかもしれない。あるいは上位の企業に行きたかったが叶わず、「滑り止め」感覚で不本意入社という可能性もある。このような人物は就職後にやる気をなくしたり、返り咲きを狙って転職活動に精を出す可能性が高い。国立大の後期入試が縮小されているのは不本意入学が多く、入学後に留年したり仮面浪人したりする者が多いことが原因と言われているのだが、逆学歴フィルターにも似たような背景が存在する。また、周囲と学歴の相場感が釣り合っていない場合は単純に使いにくいと思われてしまうケースも多いようだ。
また、これは業界にもよる。金融系の会社の場合はなぜかはわからないが東大信仰が強く、一定程度東大卒は評価される。一方、メディア系や老舗系の場合は全く評価されていないこともある。この手の業界を狙う場合は東大卒は全く強みがないため、尚更進みにくいだろう。
5.WLBの感覚がバグっている
東大卒の進路で花形とされるのは官僚や外銀といった業界なのだが、これらの業界は大手のJTCとはレベルの違う、異常な激務体質である。東大卒の比較対象はこれらの業界となるので、普通の民間企業であっても「ホワイト」に感じられるという可能性は十分に考えられる。実際、筆者の周囲を見てもメガバンクや政府系金融機関は特に激務という印象はない。というかホワイトな方だと思う。
相場感のみならず、激務の感覚すらバグっているとなれば、なおさらWLB系の進路を選択しようという機運は生まれない。筆者もいわゆる就職人気企業が激務という事実は社会に出るまで知らなかった。
6.挫折を知らない
これも大きい。相場感よりも更に影響力が大きいかもしれない。大半の日本人は物心ついた時から就職するまでずっと教育を受け続けており、学校教育は世界観において中心を占めている。その教育において一番の成功を修めてきたのが東大生である。多くは人生のどこかしらで神童扱いされていただろう。自分の力で合格を勝ち取ったという自信があるし、社会的にも褒めそやされる事が多いので、尚更自信過剰になりがちだ。
離職率の高いコンサル等においても東大生は自分が勝つ側だと思って疑わないだろう。官僚なども同じである。更に言うとレールを外れる東大卒であっても同様だ。あえてベンチャーやその他の変わった業界に入りたいという人間は大手企業へのルートを捨てるだけの自信がある人物である。こうした「攻め」の世界観を持っている人間が多いため、なかなかWLB系の企業に入ろうとは思わないのだ。このあたりは以前の記事にも近いところがある。
ここで「東大卒はリスクを取れないんじゃないのか?」という反論もあるかもしれない。東大卒はレールの外へ踏み出すことは恐れるのだが、レールの上の世界の競争に関しては自信過剰気味といったほうが良いだろう。大学の序列は長期間変わらないので、同様の原理で昔から良いとされている就職先を選びがちである。これははっきり言って日本の新卒主義にも問題があると思う。東大に入っても新卒カードを使えなければせっかくの学歴が無駄になってしまうので、レールから外れた時の損失が大きすぎるのだ。
なお、自信過剰とは言ったが、これは本人だけの問題ではなく、社会的な要素もあると思う。メディアを見ていると、なんだかんだ東大卒に能力を発揮してほしいと期待している人間は多いようだ。ただ現実問題として東大卒の労働市場での評価は高くないので、期待感とのギャップが発生してしまう。
まとめ
これらの要素により、東大卒が先ほど挙がっていたようなWLB系の就職先に行くことは珍しい。やはり東大卒であればこのあたりに就職したいという相場感は存在し、しかも周囲もそれを助長するきらいがある。東大生の多くはまさか自分が挫折するとは思っていないため、WLB系企業どころかJTCへの就職すら興味を持たずに外銀や官僚のような茨の道に足を踏み入れていく。あえてWLB系の企業を選びたいという者もいるが、今度は露骨な勤労意欲の低さから採用されないことも多い。
見方を変えれば東大生は医学部に行こうと思えば行けたのに、あえて東大を選んだ人々である。だから、キャリア観に関しても、トップエリートを目指して走り続けるか、自分のこだわりを追求するか、何も考えていないかの三択である。どのタイプもWLB系の就職先にはたどり着かない。東大生であっても就職活動がうまく行かない人間は10%〜20%ほどいるのだが、彼らは東大生の相場感を下回るメンバーシップ型の大企業ではなく、SEや塾講師などジョブ型の職場に落ち着くことが多い。ぶっちゃけWLB系のホワイト企業に東大生はあまり好かれていないというのが現状である。