東大と医学部が逆転するタイミングは何歳ごろか?

 筆者は東大卒のキャリア論を考える上で、東大よりも明らかに医学部のほうがメリットが大きいことを度々主張してきた。東大卒が優位なのは大学受験までであり、社会に出てからは医学部卒に逆転されてしまうのである。そして、その差は年々大きくなっていく。今回はその具体的なタイミングについて考えてみたいと思う。年齢に関しては一応現役を前提とする。

18歳時点

 大学の偏差値というものは、基本的には入試問題の難しさではなく、需要と供給で決まる。ある意味で大学の偏差値は日本の受験市場によって作られた「価格」であると言えるわけである。

 大学受験の時点で東大と医学部を比較すると、明らかに東大の方が偏差値が高い。東大の方が二次試験の比率が高いのに、共通テスト平均点で突き放しているのは良い例である。したがって、この時点では東大のほうが医学部よりも価値があると認識されていることになる。

20歳時点

 この時点でもまだ東大卒のほうが高いと思う。東大は都心にあるので遊ぶところが多いし、多種多様な機会に接することができる。それに東大生の社会的な注目度が高く、ただ東大に通っているだけで大人からチヤホヤされることもある。

 一方、医学部の場合は東大のようなブランドはなく、場所も田舎にあるため、あまり楽しくないと感じる人もいる。カリキュラムも画一的で、人間関係も閉鎖的である。大学生活の楽しさや承認欲求という観点では明らかに東大には劣るだろう。確かに未来の医師という強みはあるのだが、そんなところに注目して近寄ってくる人間はあまりよろしくないタイプであることもある。

22歳時点

 この時点で東大卒の雲行きはちょっと怪しくなってくる。原因は就活である。東大卒は就活に確かに有利なのだが、見かけほどではない。やはり東大卒であっても就職活動に失敗する人間は存在するし、希望の業界に行けた人間となると更に少なくなる。東大の方が医学部よりも難易度は上回っているはずなのだが、見合った就職をするにはさらなる競争社会に勝ち抜かねばならない。

 まだこの時点で医学部生は学生である。ただし、その学生生活はハードそのもので、到底楽しい状態ではない。ネット上で医学生が文句たらたらなのもこの時期ではないかと思う。

24歳時点

 この辺りで医学部と東大が逆転してくるのではないかと思う。理系は大学院を卒業するころだが、この辺りになってくると職業に対する解像度が高まってくる。東大に入った当初は皆が学者や官僚になれると考えているのだが、実際の現実は厳しいことを思い知らされる時期である。では民間企業が良いかとうと、そうでもない。就職人気企業は東大卒であっても入るのが難しいし、これらの企業は実はそこまで東大卒をありがたがっているわけではない。

 一方、医師の場合は(現役の場合)国家試験を控えて忙しくしているだろう。ただし、就職面ではそこまで難しくないはずだ。マッチングはあくまでふるい落とすための試験ではないため、選ばなければどこかしらには内定できるはずである。

 東大卒が社会の現実に気が付き、再受験を行うのはこれくらいの年齢が多いのではないか。東大は一見選択肢が多いように見えて、実際はそうではなく、医学部のほうが遥かに職業的に感づく時期でもある。ただ、就職活動に失敗する2割ほどの層を除けばやはり東大と医学部に優位な差は感じないだろう。8割の東大生の就職先は都心のキラキラしたところが多く、研修医より優位という感じはしてこないのではないか。

26歳時点

 世間一般では東大と医学部の比較は18歳時点かせいぜい24歳時点で止まっていることが多いのだが、本当に差が開いてくるのはそれ以降だ。ただしこの時点では差は見えないところに留まっている。

 東大卒の多くは大企業に入るのだが、それが何を意味するのかが分かってくる時期だ。大企業の仕事は悪いが言ってしまえばブルシット・ジョブが多いし、仕事内容や勤務地の自由度は極めて低い。毎日ため息を付きながら通勤しているものや、ドロップアウトする人間も珍しくない。だが、見えないところで進行しているのが東大パワーの威力の低下である。この年齢になると第二新卒の時期を過ぎているので、東大卒であっても学歴の強みは失われてくる。

 一方の医学部はどうかというと、研修医で消耗しているはずだ。どうにも医学部の話を聞いていると、一番大変なのがこの時期のようである。泣くな研修医という作品があるが、泣くくらい大変のようだ。給料は新卒サラリーマンと変わらないし、裁量権も乏しい、この時点で東大卒に対して優位に立っていると考える医者は多くないのではないかと思われる。

28歳時点

 ここに来て医者が東大卒を突き放すのではないかと思われる。理由は医者の給料が一気に上昇するからだ。医者の場合、条件の悪いところでも800万、高いところでは2000万近くになる。ここに来て給与面で東大卒とは逆転である。バイトも解禁となる。確かに医者の多くは激務なのだが、専攻を選んだり、裁量権が大きい分、会社員と比べて極端に負荷が大きいとも言えないのではないか。

 一方の東大卒はというと、学歴パワーはほぼ失われており、会社の中でしか生きられない人間になっている。東大卒であっても社会に出てしまえば新卒一括採用や終身雇用のレールから逃れることはできない。東大卒で転職で2000万の仕事を見つけられるのは相当な優秀層に限られる。学生時代のように将来を期待されるわけでもなければ、可能性が広がっているわけでもなく、タダの会社員である。部署異動の自由も勤務地の自由も存在せず、転職活動も茨の道である。

30歳時点

 この時点では東大卒はついに医学部卒に完敗となり、医学部コンプを発症する人間が現れる。医学部に行った同級生が高い給料と転職の自由、それに人によってはやりがいを得ているのに対し、東大卒は給与面でも転職の自由度でも負けてしまうし、仕事内容もやりたくて選んだわけではないかもしれない。東大卒で医学部と同様の待遇を得ている人間はいるが、仕事内容は大半がブルシット・ジョブで、しかも激しい競争社会である。医者がどんどんできることが増えていくのに対し、東大卒は厳しい現実を突きつけられ、堅苦しい組織社会の中でどうやって生きていくかを折り合いを付けていく時期だ。

 また、この年齢までに東大卒は一定数がドロップアウトする。医学部の場合はドロップアウトしても医師免許の優位は失われないので、どうにか食い扶持を見つけることができる。むしろ美容外科に転職して桁違いの給料を得ている人間もいる。一方、東大卒は会社を辞めるとタダの人なので、条件の悪い仕事に就きながら、もはや優秀ではなくなった自分と折り合いを付けるための人生が待っている。こうなってしまうと、東大への進学は失敗だったことになる。

60歳時点

 実は東大卒と医学部卒の差が最も開くのはこの時期である。なぜなら会社員の多くが定年を迎えるからだ。役員になれる一握りを除けば給料と役職は下がるし、散々頭を下げられていたかと思えば、急に使えないと文句を言われるような人もいる。職業的な成功に関して何も期待できなくなる時期である。むしろ早めに出世競争から降りて家族との時間を大切にしたり、早くに退職してスモールビジネスを始めた人間のほうが羨ましがられることもあるだろう。子供が遅くにできた人間は、ハラハラしながら子どもの大学進学費用を計算しているはずだ。

 一方、医学部卒はというと、そのまま医師である。医師免許に定年はないので、会社員のように定年で職業人生が失われることはない。今までのスキルを生かして活躍すれば良いだけだし、むしろ年季が入っているかもしれない。それに開業した場合は収入もかなりものになるだろう。老年期の生き方として最も優れているのは自営業だが、医師は明らかに独立がし易い仕事である。生涯現役を狙うこともできるかもしれない。

まとめ

 東大と医学部の圧倒的な格差については度々言及してきたが、両者が逆転するのはだいたい24歳辺りで、大きな差が開いてくるのは28歳くらいではないか思われる。実際は浪人や留年等もあるため、30歳ぐらいがリアルな感覚だろうか。そこからも東大と医学部の差は少しずつ広がっていき、60歳辺りでピークを迎える可能性が高い。

 正直、東大卒の会社員は年収・転職自由度・進路選択・仕事の裁量権・安定性・職業寿命・独立の可能性・ドロップアウト耐性の全てで医者に完敗である。人によって考え方が分かれるのは社会的地位とやりがいだが、どちらが高校生に自分の仕事の意義を説明しやすいかと考えると、やはり医師なのではないかと思う。役員会議のための質疑応答集の作成や、社内マニュアルのフォントの修正が外科手術と同様の意義を持っているとは筆者には思えない。これらの会社員的なスキルは会社の外では評価されないし、やっている側も本当につまらない。上司の顔色を必死に伺って出世したとしても、威張れるのは会社の中だけで、しかも定年までの短い期間である。そこまでして得られるのは給料だけだが、それすら医者には及ばないのである。

 もはや優秀な高校生が東大に進学するのが不思議なくらいだが、なぜか世間の東大と医学部の比較は大学受験の難易度か就活の辺りで止まっている。ましてや18歳時点ではこれらの事情があまり知られていないというのが実情だろう。筆者も高校生の時点ではブルシット・ジョブなど想像も付かなかった。もちろん興味のある分野があって、その分野できちんと職業人生を歩めるのであれば、それに越したことはない。しかし、東大卒の過半数は現実に突き当たって中途半端な会社員になってしまうので、医学部の下位互換となってしまうのだ。

 ちなみに筆者が医学部に逆転されたと感じたのは22歳である。ちょうどサラリーマンとしての就職が決まった時だ。東大まで行って、いろいろな世界を見たのに、結局タダのサラリーマンになってしまったので、がっかりしていた記憶がある。人生の賭けに失敗したという感覚があったし、社会に出た後の前向きな展望も全く思いつかなかった。同級生からみてもサラリーマンになったのは意外だったらしい。研究者とかもっとユニークな何かになっていると思われたようだ。筆者は単純にそうなる器ではなかったということだ。会社員の仕事はつまらないし、社会的な尊敬が得られるわけでも、自己表現ができるわけでもないのだけど、大事な時に頑張らなかった罰だと思うことにしている。


 

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