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東大理三VS科学五輪メダリスト、どちらがすごいのか

 この歳になってみると不思議なことなのだが、18歳まで日本の子供は勉強至上主義の価値観で生きることになる。もちろん交友関係や恋愛も重要なのだが、それはあくまで副次的なものであり、社会的に意味を持つタスクはやはり勉強なのである。したがって、18歳までの人生において勉強ができる人間は尊敬されることが多い。社会に出ると趣味的な要素しか持たないものが、社会経済上非常に重要なものとして評価されるのである。

 高校時代に勉強ができた人間のうち、特に注目を浴びるグループが2つある。それは東大理三と科学五輪のメダリストだ。今回は筆者の経験をもとに両者の違いを比較したいと思う。

どちらの難易度が高いのか

 東大理三に合格するのは日本で100人しかいない。彼らはそのまま学歴社会の頂点と言っても良いだろう。ただし、成績の良い人間が全員目指す訳では無いので、全国上位200番くらいに入っていれば合格できるだろう。

 一方の科学五輪はというと、国内のメダルであれば、比較的容易に取ることができる。種目によっても難易度は大きく異なる。大体一学年に300人くらいは存在するのではないかと思う。ただし、複数学年に渡って獲得する人間や複数種目に渡って獲得する人間が結構多いので、実数はもう少し少ないかもしれない。

 一方で国際大会となると難易度は一気に上がる。筆者の時代であれば日本代表は一学年に全種目あわせて30人程度しかいなかったのではないかと思われる。希少価値からすると東大理三よりも高いことは間違いない。なお、日本の学力レベルは高いので、日本代表になれば何かしらのメダルは付いてくる。

 ただ、東大理三よりも一概に国際大会の方が難易度が高いかというと、そうではない。科学五輪はあくまで単一の科目なので、全科目まんべんなく極めなければならない東大理三とは異なるのだ。また、科学五輪は興味のない人も多く、受験対策を行って本気で狙ってくる人間は少ない。一方の東大理三の方は専門の塾も多く、社会経済上の成功を目指して大勢の人間が狙ってくる。競争社会の様相が強いのは東大理三である。

 難易度は本当の意味では比較不能だが、希少性という観点では似たようなものだと思う。日本代表レベルまで行けば、筆者の対数学歴ランクで言うところのレベル7(上位0.03%)くらいの価値はあるだろう。

 あえて難易度を比較するなら、両者のオーバーラップを計算することだろう。科学五輪のメダリストは日本代表クラスの場合、東大合格圏内にいることがほとんどだ。ただし、それでも理三だけが手が届かないことがある。日本代表クラスのうち、理三に合格できるのは3割くらいだと思う。一方で理三の合格者の中には科学五輪は箸にも棒にもかからないという人間も多い。となると、やはり理三合格者のうち科学五輪で日本代表クラスに入れる人間の割合も3割くらいという概算になるのではないか。両者の難易度感覚はかなり似通っていると思う。なお、国内大会のメダルであれば難易度は格段に下がる。正直、東大理一くらいではないかと思う。

東大理三と科学五輪の共通点

 難易度の高さ以外に両者の共通点はあるだろうか。

 東大理三の合格者の多くは超進学校(開成・筑駒・灘・桜蔭)の出身者である。だいたい毎年40%強を占める。残りもだいたい有名中高一貫校の出身である。

 科学五輪も良く似ている。国内大会であれば地方公立も目にするのだが、国際大会出場レベルになると、やはり超進学校の生徒が太宗を占める。筆者の時代はメダル獲得数のトップ5は筑駒・灘・開成・桜蔭・高田だった。5位の三重県の高田高校は単一の生徒が6つのメダルを獲得したもので、かなりの異常事態である。安定してメダリストを排出しているのはやはり超進学校に限られる。また、その多くは中学受験組であり、高校受験組はほとんど存在しなかった。

 また、両者にはかなりの地頭が求められることも似ている。正直、万人に向くような受験対策は存在しないし、一般的な東大生であっても手が届かないことがほとんどだ。

東大理三と科学五輪の相違点

 とはいえ、相違点も多いことは事実である。

 まずエネルギーの投入量が異なる。東大理三は日本中の学力自慢が人生の全てを懸けて挑んでくる。最近は減少しているが、浪人生も層が厚い。親が金を懸けて鉄緑会などに通わせ、ギリギリの戦いを繰り広げるのである。一方で科学五輪はせいぜい趣味的な分野であり、ここまで全身全霊で挑んでくる人間はいない。あくまで知的好奇心の強い高校生の遊びである。

 それを反映してか、東大理三の方が必要とされる努力量はかなり多い。あらゆる科目を完璧に仕上げなければならないし、そのための進学塾も無数に存在するからだ。競争社会の様相が濃いほど、勝ち抜くための努力量も多くを要求されるのである。一方で科学五輪はここまで厳しくないので、ぶっちゃけセンスが良ければ通ってしまう。科学五輪に振り切って対策している生徒は超進学校にもほとんど存在しない。代表クラスになると運も結構絡む。

 生徒の気質も大きく異なる。東大理三は色々な人間が参戦してくる。親が医者でどうしても医学部に行きたいという人もいれば、偏差値主義者のような人間もいる。ガリ勉がたまたま地頭が良くて理三に行くというケースも存在する。一方で科学五輪は競争社会という感じのある人間は少なく、単純に知的探求を好むタイプが多い。物知りで頭が良く、ちょっと変人という感覚である。飲みサーのようなタイプは皆無である。

 また、これは重要なことなのだが、東大理三の人間は卒業後も似たような界隈で人生を送るのに対し、科学五輪のメダリストはそれなりに分散している。両者の生き方に大きな違いが生まれる理由である。

両者の進路

 東大理三の進路は良く知られている。医学部なので、基本は医師になる。彼らはエリート意識が強いし、実際に優秀なので、普通の医者にはなりたがらない。多くは東大の医局に所属し、出世競争に邁進する。メガバンクもびっくりの競争社会である。

 一方で科学五輪のメダリストの進路は別れている。日本代表クラスであれば、ダントツで多いのは東大理一だ。次に多いのは東大理三と理二だろう。生物オリの場合は性質上理二が多い。この3つで8割ほどを占めている。

 他の大学に進む人間はかなり少ない。一定数存在するのは京大理学部と京大医学部だ。また、海外大学に進んだ人間も増えている。医科歯科に進んだ人間もいるようだ。このあたりでほとんどだろう。地方旧帝もたまにいる。進学者を筆者が一人も知らないのは早慶など私大の理系である。文系は東大文一以外は一人も見たことがない。進振りで文転する人間も存在する。地方の医学部は日本代表クラスにやや届かない層が行くことはあるが、日本代表クラスはほぼ存在しない。医学部の場合はほとんどが理三・京医・医科歯科・阪大辺りに収まると思う。

 大学卒業後に関しては、さまざまだ。意外ではあるが、研究者になっている人間が大半というわけではない。研究者の世界は厳しい競争社会だし、収入も不安定だ。博士課程に進んだが、うだつが上がらないという人間も存在する。修士を卒業してメーカーに就職するという人も多い。例えば「高校数学の美しい物語」というウェブサイトの運営者は日立製作所に勤めているらしい。専攻を活かせるJTCに進む人間は意外に多いのだ。医学部に進んだ人間は当然医師になる。これも進路としてはかなりメジャーである。

 残りはイレギュラーな進路になる。科学五輪の界隈で知り合った人間のうち、文系に進んだ人間はほとんどが官僚になった。自分の専門を生かしてかなりマニアックな就職をした人間もいる。起業した人間もちらほらいる。高学歴あるあるだが、予備校講師になる人もいた。

 逆にほとんど見ない進路もある。高学歴エリートの花形である、外資系コンサルに進んだ人間は筆者の周囲にはあまりいなかった。弁護士や会計士といった士業も見たことがない。総合商社やデベロッパーといったJTCの文系総合職もいないと思う。科学五輪のメダリストは競争よりも興味を優先するケースが多く、ビジネス色の強い業界にはあまり進まない傾向がある。例外は金融専門職だろうか。

どちらの人生が充実しているのか

 東大理三と科学五輪、どちらの方が良いのかという議論は不可能である。あまりに難易度が高く、選べるものではないからだ。東大理三が異次元の領域であることは今更言うまでもないだろう。科学五輪は理三ほどの勉強量は求められないだろうが、かなり運が絡む。才能が最重要であることは両者共に同じである。

 社会に出た時に有利なのはどちらかといえば、もちろん東大理三である。学歴は一生ものだし、履歴書にも書ける。それに理三の場合は医師免許が付いて来る。理三のレベルからするとささやかなものに感じるかもしれないが、それでもキャリアの最低保証があるだけ良い。だから日本中の受験生と教育ママは理三に執着するのだろう。

 一方で科学五輪に出ても特に具体的なキャリアにつながることはない。強いて言うならば、東大の推薦には圧倒的に有利である。ただ、日本代表クラスは一般入試で東大に受かる人間が大半であり、浪人を余儀なくされた時を除き、メリットは小さい。科学五輪でメダルを取ったら模試の成績や中学受験の順位を自慢するよりは世間受けが良いかもしれないが、基本は高校時代に勉強できた自慢となり、社会に出ても直接的な役には立たない。

 ただ、両者の充実度に関しては異なるかもしれない。世俗的な成功に関しては東大理三の方が上だが、同じく周囲も天才ばかりであり、終わりなき競争に疲弊して人生が辛そうである。一方でメダリストは色々な業界に散っていくし、競争よりも興味を優先するタイプが多いため、穏やかで良い人が多い。いわゆる賢人タイプと言えるかもしれない。カルチャーとしては完全に理工系だ。日本代表クラスで実利的な理由で科学五輪を受けている人間はいないと思う。

千葉大飛び入学との類似点

 不遇な天才としてたまに話題になる人がいる。千葉大に飛び入学をした物理の天才がトラック運転手をやっているというものだ。早熟の天才が思いの外にうまく行かないという点を表しているだろう。

 これは結構科学五輪にも当てはまる。科学五輪メダリストが東大推薦に匹敵すると考えると、メダリストの学力は千葉大飛び入学に比べて偏差値分高い可能性が高い。したがって科学五輪のメダリストはこれよりもキャリア面では恵まれている。

 それでも高校生の時の才覚に比べれば今ひとつという見方もあるだろう。メダリストは研究者になっていない人が多いし、研究者になっても結果が出せるとは限らない。研究職を取り巻く環境は厳しいのだ。実際はJTCなどで安定したキャリアを選ぶ人間も多い。東大卒で新卒ならJTCは大歓迎である。千葉大飛び入学の人と比べると、メダリストは恵まれているのだ。

 なお、興味を優先するという点は皆共通している。千葉大飛び入学の人はどうにも車の運転が好きそうである。東大卒の方がやや俗物的だが、それでも拝金主義的な方向に行く人間は稀だ。賢人型高学歴にありがちなパターンだろう。

20歳すぎればタダの人?

 このように、18歳時点で天才的な頭脳を持っている人間がその後の人生で第一線で活躍しているわけではない。メダリストの多くは普通の東大卒と同じ進路を辿る。東大生平均よりも賢い人が多いのは間違いないが、成功のコースが複線化し、必ずしも頭脳だけが問われるわけではないので、相対的には埋もれるように見えなくもない。数オリの日本代表で著名な数学者になった人間はいないとも言われる。ちょっと言い過ぎにも思えるが、高校の時の順位がそのまま引き継がれるわけではなさそうだ。

 ただそれでもメダリストはそれなりに優秀である。筆者が以前の記事で書いた学力上位0.1%の進路動向と大体同じだ。研究者・エンジニア・医者が三大進路であり、他に官僚・起業・予備校講師などが少数存在するイメージである。彼らが賢いのは間違いないし、それなり各方面で活躍している人間は多いと思う。

 

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