<MBTI>教祖に向いている性格タイプについて考察してみる
今回は教祖に向いている性格タイプについて考察してみたいと思う。一般に教祖と言えばINFJと言われがちだ。それは間違ってはいない。INFJは「提唱者」と言われるが、あれは教祖の婉曲表現と思われる。イエス・キリストもINFJだったと言われる(イエスの考察はいつか書きたいと思う)
しかし、色々考察してみると、必ずしもINFJだけが教祖に向いているというわけでは無さそうだ。むしろINFJ以上に教祖に向いている性格タイプもあるのではないかと考えている。今回は16タイプ性格で教祖への適性を考えてみたいと思う。
教祖に全く向かないタイプ
ISFJ
おそらく教祖適性はまったくないタイプだと思う。ISFJは周囲から人望を集めるタイプだが、それが教祖適性に繋がるわけではない。むしろ熱心な信者という感じである。SF型は自分が主体として何かを発信することは少なく、特にISFJはその傾向が強い。信者適性はかなり高いタイプだと思う。
ISFP
やはり教祖適性は低い。ISFPはそこそこ個性的であることも多いが、IS型なのでどうしても月並みな範囲にとどまりがちである。大胆なリスクテイカーというわけでもない。ISFJと並んで教祖というより信者に向いているタイプだろう。
ISTJ
これまた教祖適性は低い。ISTJは他者理解があまり得意ではないし、自分が主体として発信したいことは本当に何も無いのではないか。信者適性はなんとも言えない。新しいものに興味を持つタイプではなく、伝統宗教に帰依するタイプだと思う。経験なイスラム教徒にISTJは多いかもしれないが、一般的に言う教祖信者の話には参加しないだろう。信者ビジネスの文脈では無関係と言って良い。ただし、教団に一人ISTJがいると役立つことは間違いない。教祖としてはぜひ味方に付けたいタイプである。
教祖にやや向かないタイプ
ESTJ
ESTJは全くというわけではないが、あまり教祖には向かないタイプだと思われる。ESTJ特有のガッツやメンタルは迷える子羊にとっては結構な頼りになると思うが、ESTJの常識的な側面が足かせとなる。ESTJは頼りにはなるのだが、それ以上ではない、信者ビジネスに必要なカリスマ性となると、一段劣ってしまうだろう。あくまで部活や会社といった限定的な領域のリーダーに向いている。
ESFJ
ESTJと比べて他者理解は得意だと思う。しかし、常識的な範囲にとどまるため、教祖としてのカリスマ性は劣る。ESTJと比べると、主婦系が多いような気がしている。ボスママ適性は高いだろう。筆者の偏見ではあるが、教祖というより宗教の勧誘に向いている印象である。ESFJは自らが教祖になるより、教祖の権威を元に他人に影響力を行使するほうが楽しいのではないかと思う。
ESFP
ESFPもそこまで教祖には向いていないだろう。楽しくていいやつだし、集団の輪の中心になることが多いのだが、どちらかというと小中のノリの延長という感じがある。教祖のようなカリスマ性はあまり強くないだろう。むしろコミュニティや家庭といった常識的な範囲で中心になるタイプである。
教祖適性が並なタイプ
ESTP
ESTPは場合によってはカリスマになりうるだろう。信者ビジネスに手を出しているものもいるかもしれない。ESTPにとっては「ビジネス」のほうが重要なのだが。
迷える子羊にとってはとにかく物事にはっきり断定してくれる存在が必要だ。ESTPはその役目にぴったりだ。ESTPは物怖じしないし、自信満々で行動力がある。何か新しいことをしてくれそうな期待もあるだろう。最近ではトランプ新大統領が教祖として頭角を表しているように思える。
ISTP
おそらく教祖にS型で最も向いているのはISTPだろう。S型の中では物事へのこだわりが強く、独特のカリスマ性を放つことがある。筆者の偏見だが、ちょっとアングラ系であることが多い気がする。やはり筆者の偏見だが、典型例は瓜田純士である。ボクシング界隈に多そうだ。
ISTPはビジュアル性との相性が良いST型であり、INTPやENTPと違ってセンスの良さがある。ISTPのカリスマは視覚的に「かっこいい」ことが多い。N型のカリスマのように「うるさい」タイプはあまり多くない。それよりも沈黙と行動によって信者を魅せる。
ENFP
ENFPもやり方によっては教祖になれると思う。人当たりが良いし、NF型特有の人を引き付ける何かがある。
ただ、ENFPはあまりにも移り気すぎて、教祖になるような強烈なこだわりが存在するのかという疑問はある。途中で飽きてしまうのではないか。ESTPのように確かな自信で人を引き付けるというタイプでもない。むしろ信者に近いのではないかとも思う。ENTPやENTJのように支配欲を満たすことにも興味が無さそうだ。というわけで、教祖的な要素を持ちながら、以外に教祖に向いていないのがENFPである。どちらかというとインフルエンサーという感じだろう。
INTJ
INTJも教祖適性はありそうだし、持っている思想の強さでは右に出るものはいないと思う。INTJの孤高の振る舞いは人によってはカリスマ性を感じるだろう。
INTJの教祖適性を大きく制約しているのは、強烈な個人主義である。INTJは人前で「馬鹿げた」説法をすることに耐えられるのだろうか。むしろ個人で動いたほうが身軽と思う可能性もある。いずれにしてもENTJやENTPのような厚顔無恥なタイプではないので、思うところは多いのに教祖にはならないという感じではないかと思う。
教祖にやや向いているタイプ
INTP
INTPは一定程度教祖には向いているタイプだと思う。INTPはユーモラスだし、あれこれと思う付くことは多いだろう。人に影響力を与えることにも関心が強いはずだ。
ただし、INTPはちょっとマイペース過ぎるのが難点だ。価値観としても自分の関心を掘り下げる方向に向かうので、他人に受けることを主眼にしているわけではない。他者理解にも関心はそこまで強く無さそうだ。INTPが教祖になるのは本人の趣味嗜好と一致した限定的な領域がハマった時と言えるだろう。
INFP
INFPも教祖適性はあると思う。オタサーの姫はINFPであることが結構あるが、男性INFPであってもカリスマ性を発揮することは多いだろう。擬態しているだけで、世の中の教祖にはかなりの数のINFPが紛れ込んでいるはずだ。以前の記事で取り上げたヒトラーもその一人である。
INFPの弱みを挙げるとすれば、自分自信の人生の悩みに関心が向きすぎていることだろう。まず第一に自分の人生の救いなのだ。となると、実は教祖であると同時に自分自身が信者ということでもある。NF型は承認欲求こそ強いが、野心や上昇志向があるわけではない。教祖的なセンスがあっても、具体的に教祖として人を操作することには関心が無いものが多いかもしれない。
教祖に向いているタイプ
ENFJ
ENFJは自分のポリシーを世間に訴え、人を巻き込むことが大好きな人種である。そのため、教祖としての適性は高い。教祖になったとすると、道徳的な自己陶酔に襲われることは間違いない。自分の両親に酔っているタイプの人種である。
しかし、実際の教祖でENFJは多いという印象はない。単純に数が少ないというのもあるが、それだけではないだろう。ENFJの社会適応能力は高いので、どうしても向社会的な方向に行きがちである。したがって、教祖適性は高いものの、方向性はちょっとズレるという印象である。
ENTJ
教祖適性は高いと思う。人前に立ち、信者を操作し、自分の存在感を世間にアピールするという教祖ビジネスに非常に親和的である。ENTJは自分の存在をアピールしたいし、自分の話を聞かせたいという欲求も強い。以前の記事で麻原彰晃はENTJではないかという旨を述べたが、あれほど厚顔無恥なタイプはなかなかいないだろう。ENTJというのはそういう人が含まれるのである。社交性がかなり高いため、多くの信者に会うことも平気だろう。
ENTJは信者ビジネスにも親和的だが、それ以上の適職は政治家だ。政治家に求められる要素はENTJそのものである。だからこそ、ENTJの政治家はあまり目立たない印象がある。政治家の平均値なので、過激な主張も少ないし、平凡というわけである。
筆者の印象論ではあるが、預言者ムハンマドはENTJではないかと思う。ムハンマドは教祖であると同時に優れた政治家であり、軍事指導者だった。コーランを読んでいると、なんだか説教臭い印象を受けた。女商人ハディージャのヒモになるなど、ちゃっかりしているところもある。イスラム教はジェンダーロールの権化のように思われているが、ムハンマド本人はそこまでジェンダーロールに固執していない気がする。というか、ハディージャにしてもアーイシャにしても猛々しい女性を好んでいるようである。
INFJ
いわゆる教祖キャラである。INFJは独特の人望があるし、Niユーザー特有の深い世界観を持っていることが多い。自然と人が慕ってくることも多いだろう。その気になればいつでも教祖になれるのがINFJという人たちである。
ただし、INFJが最強の教祖適性かというと、そうではないと思う。INFJはINFPと同様に自らが苦悩するタイプである。悩みを抱えている人間は以外にあっけらかんとしているタイプのほうが頼りがいがあるということもある。また、INFJは厚顔無恥なタイプではなく、むしろ引っ込み思案で控えめな事が多いだろう。教祖として人前で適当なことを言うにしてはちょっと責任感が強すぎるかもしれない。
イエス・キリストはINFJと言われる。実際どうだったのかは議論の余地があるが、一応そういうことにしておこう。イエスは神格化の対象ではあったが、キリスト教の本当の意味での教祖ではなかった。INFJは本人が魅力を持っていたとしても、布教活動や教団の成長にはあまり向かないのだ。キリスト教が世界宗教になったのは別の人物の存在が大きかった。
ENTP
実は教祖適性が最も高いタイプはENTPではないかと考えている。麻原彰晃はENTJと書いたが、実際はENTPという可能性も捨てきれない。大川隆法はおそらくENTPだろう。他にも教祖ビジネスに手を染めている人間にはENTPと思しきものが存在する。鬼滅の刃の上限の二・童磨もENTPである。
ENTPは人前に出ることを恐れないし、その場の思いつきでもっともらしいことを言うのも平気だ。N型特有の豊富な世界観を持っているが、INTPと比べて人に影響力を与えるのを好む傾向がある。INFPやINFJと違い、他人の悩みには鈍感なので、むしろ冷静な立場から勢力拡大に専念することができる。ENTPの社交性も重要だ。対抗馬となるのはENTJだが、彼らと違ってリスクを取るのが平気という強みがある。前言撤回もなんのそのである。
キリスト教を宗教に昇華させ、あらゆるところに布教した人物はイエス本人ではない。この宗教の真の教祖はパウロである。パウロはキリストの弟子ではなく、生前のイエスに会ったことも無かった。パウロはある段階でイエスの価値に気づき、「目からウロコ」のような取ってつけたような逸話で入信し、いつしか教団内部で主導権を取り、大々的な布教活動を行った。出口王仁三郎と出口なおの関係に近いのではないか。新約聖書の多くはパウロが執筆したと考えられている。パウロは存命の弟子からイエスの言行録を取り、それを教義の中核に据え、世界宗教を考え出したのだ。
パウロはENTPと言われている。こうしたフットワークの軽さや革新性はENTPそのものだろう。
まとめ
今回は16タイプの教祖適性について考察してみた。概ね外していないのではないかと考えている。
教祖に向いているのは他者理解の能力だけではなく、人前でビジョンを宣伝する厚顔無恥さや、ある種の自己顕示欲も関わってくる。相談に乗るタイプが教祖適性があるわけではない。むしろユーチューバーや政治家と相関が強いような気もする。面の皮の厚さや共感性の低さも重要なのだ。最強はNFの能力が高いNT型である。他人の痛みを理解できるが、自分は痛みを感じないという最強の属性だ。麻原彰晃はおそらくこのカテゴリの人間だろう。