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【決定版】若者が東大より医学部に行くべきこれだけの理由

東大VS医学部の記事は散々書いているが、冗長になってしまったので、もう一度まとめ版を作ってみたいと思う。このテーマをきちんと理解している人間は少なく、当事者すらよく分かっていない事が多い。両者の比較は大学受験の偏差値の話か、せいぜい新卒就活辺りで止まっていることがほとんどだ。後は形式的に年収についてああだこうだと議論する程度である。

 しかし、現実はというと、東大生の学力は大半の医学生を上回っているのに、卒業後のキャリアは逆転してしまう。この事実は学生時代はまだ顕在化しないのだが、一定程度の年齢から医学部が東大を突き放すようになり、半分以上の東大卒は追いつけなくなる。最近は解雇規制緩和や転職の活発化の流れを受け、東大卒のメリットは年々薄らいでいて、安易に若者に勧められる進路ではなくなっている。

 筆者の考察は大部分が「東大卒の人生を考える会」さんの以前の記事を踏まえている。良くまとまっているのでこちらも参考にしてほしい。

1.東大生の半分以上は希望の進路に進めない

 医学部の場合は原則として全員が医者になることができる。確かに中退する人間もいるのだが、全体からするとごく一部で、普通の国立大なら95%以上は医者になっているだろう。コミュ力に難があったり、国試浪人してしまっても、医者の職にはありつけると考えて良い。外資系コンサルはもちろん、大半の日系企業よりも生存率が高いことになる。医者以外の選択肢が限られるというデメリットはあるのだが、人並みに勉強していれば、進路は予定通りになるのである。

 一方、東大の方はどうか。サラリーマンになることを夢見て東大を目指す人は少数派だと思う。東大への進学の動機は人工知能の研究をしたいとか、官僚として日本を支えたいといったものだろう。受験生はもちろん、親や教師、世間もそういったイメージでいるようだ。医者の中にすらしばしば「東大に行けばよかった」という者もいるのだが、彼らは東大に行けば誰でも研究者や商社マンになれると思い込んでいるようである。

 しかし、実態はそんな甘くない。例えば官僚志望者で実際に官庁内定できるのは半分程度である。理系の場合も研究者までたどり着いているのは1割以下だろう。こうした現実を受けて多くの東大生は進路を外資コンサルや総合商社等に変更するのだが、こちらも狙って入れるほど甘くはない。進路の希望が叶っている人は半分もいないのではないか。世間のイメージする東大卒は上位20%の優秀層であり、中間層の実態とは乖離がある。

 筆者の周囲を見ている限りでも、官僚になりたかったが、最終面接で落ちてメガバンクに進んだり、ゲームクリエイターになりたかったが、内定がもらえずにインフラ企業に就職したりといった、業界レベルの不本意就職は枚挙に暇がない。筆者も昔の友人と会った時に、サラリーマンになったというと驚かれたことがある。てっきり日本を引っ張る研究者か官僚になっていると思っていたらしい。筆者は就活に失敗した訳ではなく、東大卒の中ではちょうど中間層なのだが、世間の東大卒のイメージと実態はギャップがあるようだ。

 それでも名の通った大企業に進めれば御の字だろう。東大卒のうち、10%ほどは就職活動に失敗し、東大卒としては微妙な進路を余儀なくされる。この割合は国試浪人の割合に近い。しかし国試の場合は翌年再チャレンジ可能なのに対し、就職活動はやり直しが効かないことが多いので、より深刻度は高いだろう。

 しばしば「やりたいことがある人は東大に行くべき」と言われるが、それが叶うのは半分以下であり、むしろそのような拘りは就職活動の失敗の要因にもなってしまう。医者の場合は就活といってもせいぜいブランド病院に入れるか否かや医局の出世に有利不利といったレベルであり、深刻度がまるでちがう。

2.「東大卒」が評価されるのは若い時だけ

 資格業全般に言えることだが、医師免許は取ってしまえば生涯有効である。定年はないし、犯罪で剥奪されない限りは死ぬまで医者を名乗ることができる。これが医学部の大きな強みになっている。現在の職場を離れたとしても、医師としての資格がなくなるわけではない。資格の属人性の高さは転職や復職の際に大きな強みとなっている。一度医学部に受かってしまえばその優位性は生涯に渡って保たれると考えて良い。

 この点、東大はどうか。もし在学中の優位が転職市場でも保たれるのなら、「東大より医学部」という筆者の主張は怪しくなる。しかしキャリアという観点でいうと、東大卒の強みが生かされるのは新卒かせいぜい第二新卒までである。ここから外れてしまうと東大卒であっても大幅に不利になる。東大の魔力が通用するのは25歳以下で、しかも大きなハンデの無い場合に限ると考えるべきだろう。東大生であっても博士課程に進んだ場合はここから外れてしまうので、就活では早慶やマーチの学部卒にも敵わないかもしれない。内定のない状態で既卒になってしまったり、短期離職して空白が空いてしまった場合は更に悲惨なことになる。

 一旦社会人になってしまうと、東大卒の優位性は大幅に薄れてしまう。筆者はマスコミ関係に転職しようと思ったことがあるのだが、東大卒が新卒で行っているような大手の企業はそもそも募集がなく、労基法スレスレの販売子会社や下請けの制作会社しか転職できそうになかった。サラリーマンの世界は医者よりも年齢主義が強く、東大卒であっても、年齢とともに行ける会社の相場は大きく下がってしまう。おそらく、パパ活女子よりも下落のスピードは早いのではないかと思う。東大卒の社会人を覆い尽くす凄まじい閉塞感はこれが原因の一つと思われる。

 30代以降にもなれば東大卒の学歴は有効期限切れである。使おうとすれば「東大までの人」とか「学歴に拘る人」と軽蔑されてしまう。このあたりは「転職市場で相手にされない50代大手企業部長」に近い部分がある。学生時代は社会から期待されていた分、その後の凋落が辛くなってしまうだろう。もちろん東大合格と同じくらいの達成を仕事でしていれば問題ないが、それができるのは一部に過ぎない。30代40代になると、いざとなった時に東大の肩書は何の救いにもならない。「東大」が意味を持つのは「若さ」とセットの時だけなのだ。

3.医学部の方が働き方の自由度が高い

 これは良く知られている話でもあるが、卒業後の働き方の自由度は医学部の方が明らかに高い。まず卒後の進路だが、専攻科は本人の希望が通ることが多い。皮膚科医志望だったのに強制的に産婦人科医にされたというケースは地域枠でもない限りレアだろう。気が付いている人はあまり多くないが、これは結構医学部の強みだと思う。

 一方、東大卒はどうか。まず前述のように新卒の段階ですら希望の進路が叶う人は少ないし、研修医のように仕事を一通り体験してから進路を決めるわけではないから、ミスマッチが元々起こりやすい構造になっている。さらに、卒業してサラリーマンになってしまうと、部署や勤務地の選択の自己決定権は殆ど消滅してしまう。ずっと海外勤務を希望していたのに最後まで国内しか配属されなかったり、調査部に行きたかったのに営業にしか回されなかったりという話はむしろ当たり前である。自力でキャリアを進めるには転職するしかないが、転職価値の高い部署に配属されるとは限らないし、年齢とともにどんどん不利になる。医学部に比べて東大の方が就職先のミスマッチは起きやすいし、起きた時のリカバリーも効かない。確かに最近はサラリーマンでも転職がしやすくなっているが、医者には到底敵わないし、東大卒の優位性を活かそうとすれば尚更選択肢は限られてしまう。

 勤務地に関しては医者は医局の命令で僻地に異動させられることも多いので、一概には言えない。ただ、地方移住や里帰りは圧倒的に有利だろう。筆者の周囲にも地方に住む親の介護のために離職を余儀なくされた人や、体を壊して故郷に帰った人がいるが、東大卒の場合は地方に見合った就職先がないという問題に直面してしまう。老親が心配だからと実家近くの支社への赴任を希望していたが、一度も叶うことはなく、定年したころには親は死んでいたという人も知っている。この点、医者の場合は地方に移住しても給料はむしろ上がるだろう。医局の出世競争に嫌気がさし、地方で開業したという例はいくらでもある。社会的な威信やスキルもそのまま転用可能である。東大卒が同じことをしようとすれば、キャリアを捨ててフリーターからやり直しである。これを受け入れられる東大卒は多くないのではないかと思う。

 キャリア的にあまり恵まれているとは言えないが、医者の中に非常勤で仕事をしていたり、バイトで生活している人もいる。芸人のしゅんしゅんクリニックも週3回の検診で生計を立てているらしい。一方、普通の総合職の場合は「フルタイムであること」更には「40年間会社に奉公すること」が付加価値になっているため、東大卒であっても、医者のような非常勤やバイトは不可能である。肉体労働やタクシー運転手であれば自由度は高いかもしれないが、東大卒の強みが生きる業界とは言い難い。東大を出ると働き方の自由度はむしろ下がってしまうのだ。

4.医学部の方が収入が高い上に安定性も高い

 医学部卒の平均年収は勤務医だけを考えても1500万程度と思われる。一方で東大卒の平均年収は多めに見積もっても1000万程度であるため、年収という観点では医学部の方が勝っていることになる。東大卒で勤務医の水準に到達するのは就職活動に成功し、かつドロップアウトしないで定年まで頑張り続けた場合に限られる。

 年収1500万というのは普通の勤務医の話であり、開業や美容整形に飛び込めば青天井である。日本の金持ちの2割は医者とも言われる。ここまで来るとサラリーマンとは比べ物にならない世界だ。もし失敗しても、再就職ができないことはない。東大生がその水準に到達するには起業で成功するか、司法試験に受かって渉外弁護士になるか、外資系で生き残るしか無いが、難易度もリスクも医者より遥かに高い。

 世の中、金が全てではないと言う。筆者もそう思う。もし年収だけで職業の価値が決まるなら、東大生は大学教授には憧れないはずだ。年収800万以上になると幸福度は頭打ちになるとも言う。だから医学部の平均年収が高いことを根拠に医学部の方が上とは言えないと思う。

 医学部の真の強みはむしろ年収800万という水準を切る可能性がまったくないという点にある。転職を繰り返したり、空白期間が空いたりしても、そうにかなってしまう。極論であることは否めないが、検診のバイトやその他の流れ者が溜まるような就職先に行っても、普通に働いていれば年収800万は超えるはずである。医学部卒の中にはピアニスト等で身を立てている人間がいるが、このような人生を歩みたい場合は医者の肩書は有効である。売れなくなっても復職すれば再び年収800万を確保できるからだ。仮に仕事でうだつが上がらないとしても、年収800万というラインさえキープしていれば結婚・子育てには十分なので、そちらを生きがいにすれば良い。

 一方、東大を出たとしても年収800万という水準は思われているほど簡単ではない。新卒就活でレールに乗っていれば問題はないのだが、何らかの事情でレールを外れてしまった場合は年収800万という水準すら高嶺の花になってしまう。もし就職した会社でミスマッチがあったり、人間関係などで躓いた場合、東大を出ていてもその後のキャリアは厳しいだろう。新卒で一流企業等に入っても、結構な数がドロップアウトすることを考えると、このリスクは軽視できない。ジョブ型雇用という道もあるが、医師と違って国家資格として保護されているわけではないため、今度は優勝劣敗の厳しい世界に身を置くことになる。

 特に一昔前の女性に顕著だったのだが、東大から一流企業に進んだとしても、途中で一度エリサラの前線を離れてしまうと復帰は難しくなってしまう。東大卒の優位性はセーブできないテレビゲームのようなものだ。ちょっとしたアクシデントで簡単に崩れてしまい、二度と戻らないのである。

5.医者の仕事はやりがいがある

 仕事のやりがいを定量化するのは不可能だし、人によって感じ方は全く違うだろう。医者の中にも仕事が嫌いな人や、苦しい思いをしている人は多いと思う。それでも、医者の中には自分の仕事にやりがいがあるとか、感謝されて嬉しいと感じている人がいるのは興味深い事実である。

 筆者の観測範囲内において、医者並みに稼げる仕事に就いている東大卒で、仕事のやりがいを語ってくれた者は殆どいない。東大を卒業して金融機関等に就職すれば勤務医並みの給料を得ることは可能ではあるものの、その多くはブルシットジョブだ。例えばメガバンク出身者の記事を見ると、出世競争や社内の人間関係の話ばかりである。筆者も社内研修で仕事のやりがいについて議論したことがあるが、30代40代のベテラン社員であってもなかなか説明に難儀する様子だった。

 やりがいを追求する人生も可能だろうが、今度は経済的に難しい立場に立たされてしまう。研究者の悲惨な境遇については良く知られている通りである。官僚は生活には困らないだろうが、極端な激務労働で離職やうつ病が後を絶たない。起業は当たれば大きいが、大変なリスクが伴うだろう。劇団員やYouTuberのような進路については言うまでもない。

 医者の講演会には患者に感謝されたとか、難病のエキスパートになったという話が登場する一方、外資系投資銀行の出身者の話は年収や競争の話ばかりである。個人的な感想になってしまうが、社内資料のフォントを一つのミスなく揃える話よりも、冠動脈バイパス手術の話の方が筆者は聞いていて楽しいし、本人もやりがいを感じるのではないかと思う。

6.医者の方が人生の後半戦に強い

 今までの話の延長線上とも言えるのだが、人生の後半戦になると東大卒よりも医学部卒の方が明確に強いのではないかと思われる。

 東大卒の中には事務次官になったり、大企業の役員になるものもいる。彼らは人生トータルで勝ち組になったと言えるだろう。ただし、大半の東大卒はそこまで行けない。40代50代になれば転籍や出向の話がちらつき、定年後の趣味を探さないといけなくなる。

 サラリーマンの弱みとして、定年後の生き方が挙げられる。東大卒で出世した人であっても、定年したサラリーマンが就ける仕事はほとんどなく、清掃や警備といった単純な肉体労働がメインとなってしまう。学歴や会社名や役職といった経歴は評価されない。むしろ「プライドが高い」として否定されてしまうこともある。大企業社員として年収1000万と多くの部下を抱えていた人が、頭を下げて肉体労働に従事するのは簡単なことではない。結果多くの人は退職と同時に社会との繋がりを失ってしまうのだ。

 医者の場合はどうか。確かにサラリーマンのように大学病院で出世競争に明け暮れている人も多いが、それらが行き詰まっても医者の場合は開業したり、転職するという別の道がある。医師免許に定年はないので、開業医の多くは引退時期を自分で決めることができるし、勤務医であっても70代80代になって医者を続けている人もいる。歳を取って体力が低下したとしても、先述の働き方の自由度の高さを活かして自分のできる範囲内で医業に携わることができるのだ。

 医学部に行けば80歳になっても医師であるため、人生100年時代での優位性は明らかだ。また、これは家庭形成にもメリットがある。医師であれば働ける期間が長いので、子供ができるのが遅くてもサラリーマンほど問題にはならない。医師家庭なら子供が3人や4人であっても十分可能である。

 東大卒のうち、弁護士として事務所を構えていたり、かなりの程度出世していたり、個人事業主として活動している人はこれには該当しない。ただ、半分以上の東大卒は40代後半から残りの人生が消化試合になってしまうし、定年後は本当に何も無くなってしまう。この段階で「東大卒」の学歴が何ら意味を持たないのは言うまでもない。

 筆者の親戚を見ていても、定年で無職になった人よりも、老年期になっても自分のペースでできる仕事を持っている人の方が明らかに生き生きとしていた。老年期に活躍している人は全て今までの積み重ねの上に立っている人がほとんどだが、サラリーマンを続けても定年と共にキャリアと人間関係は消滅してしまう。我慢してブルシットジョブを続けても、結局何も残らないのだ。

まとめ

 今回は東大と医学部について比較したが、明らかに東大よりも医学部に軍配が上がるのではないか。東大の威厳は非常に大きく、社会的にも大きな期待が寄せられているが、ほとんどの人間は人工知能の研究者にもカリスマ起業家にもなれない。東大卒が競争に勝ち続けてやっと手に入れられるキャリアを、医学部であればほぼ全員が手に入れることができる。あまりにもこの差は大きい。

 医学部が東大より優れている理由の最も重要な要素は何かという話なのだが、おそらく一番は「ストック性」である。東大も医学部も社会に出てからの方が本番というのは共通なのだが、その性質は大きく異なる。

 先述のように医師免許は取ってしまえば生涯有効であり、専門医等の資格も同様だ。医者として普通に頑張っていれば生涯にわたって優位性は保たれると考えて良い。開業すれば個人事業主にもなれる。医者はまさに「手に職」なので、それまでの達成項目がどんどん積み上がっていく。なにかアクションを取るたびに肩書や経験を捨てる必要はない。医者余りになっても医学部の優位性が保たれると断言できる理由はここにある。

 一方、東大は遥かにフロー的である。キャリアに関しても、卒後数年しか東大卒の学歴は有効ではないし、別のステージに進む度に再度振り出しに戻ってしまう。東大卒がポジションを保つには常にフルスロットルで勝ち続けなければならず、どこかで負ければあっという間に凋落してしまう。東大卒は就活に成功し、40年間出世競争を頑張り続け、それでそれでようやく平均的な勤務医に届くか届かないかというレベルである。

 東大卒の優位性の殆どは大企業の中にある。医学部で例えると医局限定の医師免許のようなものであり、はっきり言って地域枠よりも遥かにひどい。一方、東大卒のエリサラが抱えがちな悩みの多くは医者であれば容易に解決するものもある。東大生の中にはこの事実に気がついて医学部に仮面浪人する者もいるようだ。東大は自大学よりも偏差値の低い大学への仮面浪人する唯一の大学だろう。

 東大に行って良かったと言えるのは、やりたい仕事に就いている人や、トップエリートとして走り続けている人だ。単純に医学部に行きたくないというケースも含めて良いだろう。しかし、そうでない場合は単にかっこいいからとか頭が良いからという理由で東大を目指すのは危険である。東大は社会的な期待感と卒業後の進路のギャップが非常に大きく、挫折者を生み出しやすい構造になっている。多感な時期の成功体験が強すぎるが故に、その後の人生で満たされないような気分になってしまう。これが東大卒の幸福感を下げている最大の要因だろう。例えるならば二十歳前後に散々男性から褒めそやされ、普通の男性では満足できなくなってしまった、30代婚活美女のようなものである。

 筆者の意見はあくまで個人的な感想であり、バイアスが含まれていることは間違いない。反論もあるだろうし、むしろ反論してもらいたいくらいなのだが、ある程度実態に即していると言えるのではないか。見方によっては東大は「食えない資格」の最高峰なのかもしれない。その社会的威信に反して換金性が低いということだ。実利だけが価値ではないという主張も分かるのだが、現実問題として生活を安定させ家庭を形成していくには仕事の問題に取り組むことは避けられないだろう。そういった問題を解決してくるのは東大ではなく医学部である。東大卒と医学部卒は社会に出れば逆転する。これが学歴社会の真実なのである。

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