トランプ就任でもウクライナ戦争は終わらないかもしれない

 トランプ新大統領就任で、各国は身構えた状態にある。特にトランプ政権の出方が注目されているのがウクライナ情勢である。もう戦争は三年にも及んでいて、ロシアもウクライナもボロボロであり、それ以外の地域も難民やらインフレやらで困った事態になっている。軍事援助もばかにならない。こうした事情により、トランプはウクライナに停戦させると宣言している。

 しかし、トランプが頑張ったとしても、ウクライナの停戦は容易ではないようだ。もしかしたらこの戦争はどちらか一方が崩壊しない限り終わらないという可能性もある。シリア内戦がまさにそんな戦争だった。北朝鮮の参戦など、双方が何が何でも勝利したいと思っていることがうかがえる。今回はウクライナ戦争の停戦が難しい理由を考えてみたいと思う。

戦争の原因

 戦争の原因はあまり理解されていないかもしれない。よくある認識が天然資源の利潤目当てや「戦争好きの」侵略者による強欲といったものだ。しかし、現実の戦争はこのような積極的な理由で行われることは少ない。戦争が起きるのは、人命と国際的非難を浴びてもなお戦争を続行しなければならない、やむにやまれぬ事情があるからである。

 戦争が起きる、あるいは終わらない原因は相互不信にある。お互いがお互いのことを疑っているため、戦争を終わらせるわけには行かないのだ。もし停戦したとしても、相手がこの先襲ってくるようでは意味がない。戦死者や戦費といった現在の負担と将来の危険を天秤にかけることになる。

 また、相互不信とは双方の間の関係性によるものだ。したがって、戦争の本質が一方当事者の趣味にあるというのは間違いである。例えば第二次世界大戦の最中にヒトラーが「戦争をやめたい」と言い出しても、連合国が停戦することはないだろう。彼らがナチス・ドイツのことを信用できない極めて危険な政権と認識していたからだ。あくまで双方の関係性が良いか悪いかという点が重要なのである。

ロシア・ウクライナの相互不信

 さて、ロシアとウクライナの相互不信が今回の戦争が終了しない理由である。双方はどのような相互不信を抱いているのだろうか。

 ウクライナは言うまでもなくロシアのことを絶対に信用できないだろう。ウクライナは厭戦機運が少しづつ高まっており、徴兵忌避も増加している。それでもウクライナにロシアと停戦するという選択肢はない。ウクライナが停戦したらより狭小な国土に押し込められ、ロシアからの脅威が更に増してしまうからだ。ウクライナが停戦するには将来の危険を排除する必要があるが、それはプーチンの口約束では不十分である。ウクライナはNATOに加盟するか、少なくともロシアから国土を奪還しない限り、安心できないだろう。

 一方、ロシアの側もかなり窮地に立たされている。ロシアは国家安全保障上の理由でウクライナのNATO加盟に反対してきた。西側もロシアを刺激することを恐れ、ウクライナに関しては手出ししなかった。西側とロシアのあいだに中立地帯が存在することは双方の利益になった。ところがロシアは一連の侵略行為でウクライナを西側に押しやってしまったため、墓穴をほってしまった。ウクライナをロシア側に引き入れようとして、全く逆のことをしてしまったわけだ。ウクライナをどうにかして大人しくさせなければ、ロシアは喉元に剣を突きつけられた形になる。そうなるとベラルーシやジョージアのあり方も変わってくるだろう。ブレスト=リトフスク条約や独ソ戦に匹敵するレベルの勢力圏喪失となる。

双方の条件

 というわけで、双方の条件が折り合う可能性は低い。ウクライナはNATOの加盟と領土の返還を求めるだろう。そうでない限り安心できないからだ。ロシアもロシアで不安を抱いているため、ウクライナへの条件は過酷になる。NATO加盟阻止は前提事項である。しかしロシアとしてはウクライナが西側の支援で増強された以上、何らかの方法で軍事的脅威を減らさなければならないと考えているだろう。理想をを言えばウクライナの完全打倒だが、それが無理でも軍備制限くらいは科したいと思っているはずだ。

 両国の相互不信はあまりにも深く、停戦はかなり難しいだろう。ロシアからみたウクライナはロシア勢力圏に深く入り込んだがん細胞のようなもので、何が何でも無力化したいはずだ。ウクライナがロシアに敵対的な態度を取り続ける以上、以前にもまして危険性は増している。もちろんウクライナの攻撃性はロシアが自らまいた種なのだが、開戦してしまった以上は悔やんでも仕方のないことである。

 軍事大国ウクライナはただ存在するだけでロシアの脅威となる。しかし、ウクライナはロシアを全く信用できないため、軍事大国になるか、NATOに加盟する以外の選択肢がない。ここに致命的な利害相反が存在する。

西側の利益

 トランプ政権もウクライナには手を焼くだろう。ウクライナとロシアの双方を納得させる案が存在しないからだ。

 ロシアに納得してもらうには、ウクライナの非軍事化はやむを得ないだろう。そうなるとウクライナは自らを守ることが全くできなくなる。現在の状況でウクライナにロシアの善意を信用しろと言っても無理な話だ。もし二度目の戦争でウクライナが敗北すれば西側は赤っ恥である。それを考えるとウクライナの非軍事化はあまりにも酷に思えるかもしれない。

 一方、ウクライナに納得してもらうには何らかの方法でウクライナの安全を確保するしかない。しかし、ロシアを刺激しないでウクライナの安全を確保する方法はない。最も確実なののはNATOの加盟だが、これに関してはロシアは絶対的に反対するし、ヨーロッパの同盟国の理解も得られないだろう。核保有も論外である。そんなことになればいつ核戦争が起こったものかわからない。となると、ウクライナには何らかの理由で自らを守れるだけの軍事力を身に着けてもらうしかない。こういう時に安全を保証する手段は西側の軍隊がウクライナに駐留することだが、それはNATO加盟とほぼ同義となる。

 実は戦争が続くことであまり困っていないのは西側である。ウクライナが抵抗し続けることが西側は自ら手を下すことなくロシアの体力を削ることができる。難民やインフレは困ったものだが、地政学的には漁夫の利を得ている状態だ。ウクライナが抵抗する限り、ポーランドやバルト三国がロシアの標的になる可能性は低い。

 領土問題は世論に訴えかけるインパクトがあるので、重視されがちだが、実際の利害相反はそれよりも遥かに大きい。両国は完全な安全保障のジレンマに陥っており、ただ存在するだけでお互いの脅威になってしまう。ウクライナに南東部を放棄するように迫っても、戦争は終わらないだろう。ロシアが問題視しているのはウクライナの独立それ自体だからだ。トランプと言えどもウクライナに存在を諦めろとは言えないし、仮にウクライナがそれによって滅ぼされたら西側の面目が潰れるところか、緩衝地帯が消滅して深刻な緊張状態になってしまう。

外交の可能性

 ロシアとアメリカが頭越し外交をするにしても、ロシア側が条件を釣り上げてうまくいかないのではないか。結局は非軍事化を求めるに違いない。結局は領土の放棄やNATO非加盟をウクライナが受け入れたとしても、終戦は難しいだろう。

 西側が絶対に受け入れないのはウクライナの降伏だ。これだけは絶対に避けたい。それは侵略反対とか民主主義の確保といったお題目の問題だけではない。ウクライナがロシアの支配下に置かれれば西側が直接脅威にさらされるのが問題である。

 このように考えると、2022年以前の中立ウクライナは西側とロシアの双方に有用だったことがわかる。当時のウクライナは親露と反露の間で揺れ動いていた。しかし、中立ウクライナはもう戻ってこない。プーチンが自ら壊してしまった。ウクライナが安全保障を諦める可能性はない。ウクライナは反露軍事大国とロシアの占領地域の二通りの運命しか存在できない。前者はロシアにとって、後者は西側にとって受け入れがたいシナリオだ。ウクライナの中立化はウクライナにとってロシア占領と同義に思えるため、受け入れられる余地はないだろう。ウクライナが非軍事化すれば三方をロシアに囲まれた状態で丸裸である。大阪夏の陣のような状態だ。

 この戦争は双方にとって理にかなった解決法は考えにくく、終戦は難航するだろう。重要なのは即時停戦はロシアにとって負けを意味するということである。仮に領土を増やしたとしても変わらない。即時停戦すればプーチンは莫大なコストを払ってウクライナを中立国家から反露軍事大国に変えたことになる。これが負けでなくて何だろうか。

 個人的にはもはやプーチン政権の崩壊しか終戦のシナリオはないように思える。この国は1917年に崩壊し、1991年に再び崩壊した。2020年代のどこかで同様の運命をたどっても筆者は驚かない。ウクライナの崩壊というシナリオもあるが、英米や東欧諸国はそれを許すだろうか。


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