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なぜアメリカの福音派はイスラエルを支持するのか

 最近、ガザ戦争におけるイスラエルとハマスの和平が話題になっている。トランプ大統領はガザの住民を強制移住させ、跡地をリゾート地にすると行っている。トランプ大統領はパレスチナ問題に対して全く関心がないからこういった発言が出てくるのだろう。ただトランプ政権は一環して協力な新イスラエル的な態度を取っている。それはイスラエルへの支持が選挙対策上かなり有効だからだ。

 アメリカは常にイスラエルの肩を持っている。イスラエルとの関係によってイスラム世界との関係が悪化したとしても、改められる気配はない。ポスト冷戦期にイスラエル関係の国連決議が行われてもアメリカは全て拒否権を行使してイスラエルを擁護してきた。イスラム世界の反米機運はだいたいイスラエルの擁護の話と反米主義を絡めてくる。こうしたリスクにもかかわらず、何故アメリカはイスラエルを支持し続けるのだろう。今回はその謎について考えていきたい。

イスラエル支持の3つの理由

 アメリカがイスラエルを支持する第一の理由は地政学的な要因である。イスラエルは中東地域における最大の同盟国だ。イスラエルは地域最強の軍事力を持つ上に核保有国だ。世界最高水準の諜報機関もある。アラブ世界に睨みをきかせる上で大いに使い出があるだろう。

 第二の理由は政治思想的な要因である。アメリカは全ての先進国と同盟を組んでいる。先進国は全て民主主義国であり、アメリカと政治的な価値観を共有している。アラブ世界は独裁ばかりだし、トルコもアメリカとは話が噛み合わなくなってきているので、民主主義のイスラエルとの関係は理念の面でも重要である。

 理解が難しいのが第三の要因だ。それは宗教である。アメリカのキリスト教福音派はイスラエルの存在を宗教的に重要とみなし、支持する傾向があるのである。イスラム世界の人間が強行にイスラエルを憎悪するように、アメリカの福音派はイスラエルを応援するのだ。イスラエルの進める入植地政策は地政学的には逆効果で、地域をいたずらに不安定化させるだけである。ここに関してはイスラエルが問題解決に背を向けていると言われても仕方がない点で、実際に多くの西側諸国が苦言を呈している。それにもかかわらずアメリカだけはイスラエルを偏愛し続ける。その背後には宗教的な要因が隠れている。

 その感覚は日本人には理解が難しく、ヨーロッパ人から理解されているかも疑わしい。だからアメリカの政策がユダヤ人に操られているという都市伝説が生まれる。しかし、ユダヤ人の多くは民主党支持者であり、共和党支持者の親イスラエル傾向を説明することはできない。やはりアメリカの福音派の宗教感情がイスラエルに関する政策に影響していると考えるのが妥当だろう。

福音派って何?

 福音派とはキリスト教のプロテスタントのうち、特にアメリカを中心に見られる保守的なプロテスタントの界隈のことである。明確な定義があるわけではなく、一つの宗派というわけでもない。

 プロテスタントはもともと500年前にルターの宗教改革によって生み出された。当時のキリスト教はカトリック教会によるピラミッド組織になっていて、教義の解釈権はすべてバチカンが握っていた。カトリックの教義は長年に渡る慣習の積み重ねの上に成り立っていて、聖書の文句からは導けないものが多かった。ルターは聖書に帰れと主張し、カトリック教会の様々な慣習を批判した。このような原理主義運動はルターだけではなく、世界中の宗教に見られる現象である。

 プロテスタントはカトリックと違ってピラミッド型の組織を持たない。プロテスタントは聖書の字義に帰るという運動だったため、聖書さえ持っていれば各人が自由に教義を解釈できるとも言えた。カトリック教会による指導は不要なのだ。このあたりはイスラム教に近いところがある。プロテスタントの教派はカトリックと違って多数乱立していて、それらの違いも曖昧なところがある。

 福音派はキリスト教右派とも言われることがある。実際に経験な福音派は毎週教会に通い、婚前交渉を否定し、同性婚に反対するかもしれない。ただ、キリスト教に忠実であるという条件から親イスラエル的な傾向を導き出すことはできない。というか、キリスト教徒は2000年にわたってヨーロッパでユダヤ人を迫害していたはずである。十字軍運動のときもキリスト教徒はユダヤ教徒を殺害していた。スペイン異端審問のときもユダヤ人は酷い扱いを受けた。どうしてアメリカの福音派は急にイスラエルに親和的になったのだろうか。

アメリカとイスラエルの共通点

 中東・ヨーロッパ・新大陸、この3つの中で日本人が親しみやすいのはヨーロッパだろう。中東の宗教であるイスラム教は馴染みが薄いままだ。同様に、日本人にとって新大陸の宗教もとっつきにくいのではないか。日本に福音派に関する言及がほとんど見られないのも、それが原因ではないかと思う。

 キリスト教はもともと中東の宗教だった。イエス自身がユダヤ教徒だったこともある。それは砂漠の宗教であり、独特の厳しい戒律があった。イエスはユダヤ教の形式主義を批判したものの、ユダヤ人の基本的な枠からははみ出ていなかったのではないかと思われる。

 ところがキリスト教がヨーロッパに持ち込まれると、それはヨーロッパの宗教へと変貌した。割礼はヨーロッパでは馴染のない習慣だったため、忘れ去られた。聖母マリアはヨーロッパの地母神信仰を取り込み、キリストと同列に崇拝されるようになった。異教の祭りだったはずのクリスマスはいつしかキリストの誕生日だったことになった。日本人がイスラム教よりキリスト教に馴染みがあるのは、ヨーロッパのほうが中東よりも共通点が多いからだろう。

 キリスト教は新大陸にも持ち込まれた。そこで栄えたキリスト教は中東ともヨーロッパとも違うものだった。それは厳しい開拓生活において魂の支柱となるものだった。イスラム教と違い、キリスト教にはメッカ巡礼のような制度が存在しないため、信仰のあり方は現地の事情に大きく影響を受ける。アメリカ大陸のキリスト教はアメリカ大陸の人間の生き方や価値観にフィットしたものとして作り替えられた。ヨーロッパでは19世紀に急速に世俗主義が進んだが、アメリカではそのような現象は見られなかった。キリスト教はヨーロッパの宗教から新大陸の宗教へと姿を変えた。

 新大陸の宗教の典型例がモルモン教である。この宗教は一応キリスト教とはなっているが、ヨーロッパのキリスト教とは全く違ったアメリカの宗教だ。モルモン書を読んで見ればわかるが、新大陸に明らかに独自の地位が与えられている。福音派はここまで逸脱しているわけではないが、それでも新大陸の宗教である。中南米はカトリックだが、解放の神学という独特の潮流がある。ラテンアメリカの巨大な経済格差が宗教意識と結びついたもので、やはりヨーロッパのカトリックとは異質だ。

 ヨーロッパでユダヤ人は2000年間に渡って迫害されてきた。ヨーロッパにおいて重要だったのは第一に宗教であり、近代になってからは民族だった。こうした価値観においてユダヤ人は立場がなかった。ところがアメリカ大陸において選別の基準となったのは人種だった。黒人は英語を話してようと、どんな宗教を信じていようと、肌が黒いという理由で白人とは別のグループと分類された。新大陸のヨーロッパ人にとって、ユダヤ人は黒人に比べればまだ自分たちに近い存在に思えた。だからアメリカのユダヤ人差別はヨーロッパよりも緩く、多くのユダヤ人がアメリカに移住するようになった。

イスラエルを支持する福音派

 キリスト教シオニズムという、シオニズムを支援することがキリスト教の信仰の上で重要だという考え方がある。このような思想はヨーロッパではあまり根付くことがなかった。キリスト教信仰がイスラエルの支持に結びつくのはアメリカだけだ。これは純粋に宗教的な理由だけでは説明が付かない。福音派に特徴的な終末思想は前千年王国説を掘ってもそれ自体から理由は見えてこない。あくまでこれらの思想は上部構造だ。その背後にある社会的要因を探る必要がある。

 しっかりした根拠はないが、アメリカの福音派がイスラエルを擁護するのは同じ入植者としての精神的連帯感があるのではないか。アメリカの中でもプロテスタント系の住民は移民した時期が早かった。メイフラワー号の時代からプロテスタントの存在は目立つ。まだまだアメリカのあちこちに未開拓地が存在し、先住民の襲撃を恐れていた時代である。アメリカの福音派は第一に入植者のための宗教であり、イスラエルに深層心理的に共感を抱いても不思議ではない。アメリカ大陸の白人にヨーロッパほどの反ユダヤ主義感情が無いことも後押ししただろう。同じ福音派でも黒人は民主党支持であることもこれを補強する。黒人は入植者ではないからだ。アメリカにおいては宗教すらも人種で分かれているのだ。

 アメリカという国家がどのようなナラティブで設立されたかは人によって解釈が異なる。ヨーロッパとは違う自由の国というアイデンティティを持つ物もいれば、世界一の先進国というアイデンティティもあるだろう。ただ、福音派の場合はどうにもアメリカをプロテスタントの入植者による国民国家と見ているフシがある。異教徒やマイノリティの存在を否定しているわけではないが、やっぱり国家の根幹はメイフラワー号なのだ。

 こうしたあり方はイスラエルとも共通する。イスラエルはヨーロッパ帯離陸から逃れてきたユダヤ人が建国した国であり、ユダヤ人による国民国家だ。マイノリティの存在は認められているが、どう考えても国家の支柱はシオニズムである。イスラエルはよその大陸から逃れてきた人が入植し、仲間と力を合わせて「野蛮な」先住民を退治し、「無人」の荒野に一から街を作り上げた。キブツといった共同体にはそうしたフロンティアスピリットが感じられる。

 言語は共通するものがあっても、ヨーロッパと新大陸は全く違う地域だ。おそらく一般に日本人が思っている以上に両者は離れていると筆者は考えている。ヨーロッパは同じ温帯地域に属する国民国家で、歴史も良く似ている。新大陸はヨーロッパからの入植者と先住民、それにアフリカ人奴隷によって形成された地域であり、白人といってもヨーロッパの伝統とは切り離されている。イギリスの貴族もロシアの農奴も新大陸では「白人」で一緒くたである。だから日本人が新大陸を理解するのは簡単ではない。おそらくカトリックやイギリス国教会のほうが日本人には馴染みが良いだろう。

 逆にイスラエルは新大陸と似たところがある。イスラエルという国家の特徴は宗教国家であると同時に入植国家であるということである。ヨーロッパ人が他の大陸に入植した地域は6つある。北米・南米・オーストラリア・南部アフリカ・アルジェリア・イスラエルである。このうちイスラエルは一番最後に入植が行われた地域だった。アメリカとイスラエルは実はヨーロッパ大陸を追われた入植者が現地住民を追放して樹立されたという共通点を持つのである。

 イスラエルの住民は世界中から移民した人間がヘブライ語を習得して定着した。旧ソ連を筆頭にモロッコやイエメンなど様々なバックグラウンドの移住者がいた。それらは皆ユダヤ人で一括りである。宗教的な連帯はあるが、独自文化は実は乏しい。郷土料理もない。雑多で文化の浅い国を宗教が一つに結びつけている。西岸地区の入植者の暮らしぶりは西部開拓時代の大家族のイメージにそっくりだ。アメリカの福音派がユダヤ入植地を支持する背景にはアイデンティティ的な共通点があるのだろう。

まとめ

 今回はアメリカ福音派がイスラエルを支持する理由について考察した。アメリカの一貫したイスラエル支持は地政学的理由や道徳的理由もあるが、宗教的な要素もある。アメリカのキリスト教は開拓者によって信仰されている宗教であり、中東に入植したイスラエルとの共通点が多い。こうした背景が福音派のイスラエル支持に影響を与えているものと思われる。

 それにしてもパレスチナ問題は厄介である。民族紛争はどれも積年の恨みが存在するが、特にパレスチナ紛争の場合は外部勢力が紛争を助長する形で介入している。イスラム世界はイスラエルを憎悪している。アメリカの宗教保守派はイスラエルを宗教的な理由で支持している。トランプ大統領はこのあたりの複雑な宗教感情に全く興味がない思われるので、ガザを所有すると言った発想が出てくる。部外者から見て理にかなった解決策が宗教がらみの紛争で受け入れられることはめったにない。トランプ大統領は今後も露骨な親イスラエル的な政策を続けると思われるが、それは単に支持者が喜ぶから以上の意味はないだろう。むしろ感情的にイスラエルに好意的だったのはバイデンの方である。

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