幼稚園の時に何よりも恐れていたもの

 子供の時はまだ世間のことを良く知らないので、今から思うと笑ってしまうものがとてつもなく恐ろしいものに感じたりする。筆者の幼稚園時代も今から思うと笑ってしまうようなエピソードがあった。

 筆者は小さい頃から世界地図が大好きである。未だに自分の部屋には地球儀が飾ってるし、一日一回は眺めている気がする。それくらい筆者は重度の地理マニアである。

 さて、世界地図を見ていて面白い国の名前があった。その国の名称は長くて難しい文字がいっぱい並んでいて、ものすごくかっこいい名前に思えた。



 その国の名前は朝鮮民主主義人民共和国である。


 当時の筆者にとって朝鮮民主主義人民共和国という名前はめちゃくちゃかっこいい名前に思えたので、画用紙にお絵かきするときは朝鮮民主主義人民共和国の地図を書いたし、朝鮮民主主義人民共和国!!って声に出して叫んでみたりもした。まだ漢字は書けなかったので、声に出すことしかできなかった。朝鮮民主主義人民共和国、なんて魅力的な国名なんだ!隣に中華人民共和国という似たような長ったらしい名前の国があったが、中途半端に思えた。やはり朝鮮民主主義人民共和国の方が長くてかっこいい!

 筆者は朝鮮民主主義人民共和国に興味津々だったので、親に「朝鮮民主主義人民共和国に行きたい!」と頼んでみた。

 返答は「この国はね、食べるものがなくてみんな餓死している恐ろしい場所なんだよ!」とのことだった。朝鮮民主主義人民共和国は筆者が期待しているようなワンダーランドでは無く、行ってはいけない世にも恐ろしい場所だったのだ。

 その少し後だろうか。筆者は日本地図を眺めていたのだが、上の方にZの文字を逆にしたような面白い島があることに気が付いた。佐渡島というらしい。筆者は親に「佐渡島に行きたい!」と頼んだら、返答は衝撃的なものだった。

 「工作員に誘拐されるから駄目だよ」

 なんと、日本海側の地域は誘拐が多発しているらしいのだ。誘拐?幼稚園でいつも注意されているやつか?知らない人に着いていっては行けないというやつだ。怖い、怖すぎる。日本人を誘拐するのは工作員という存在だった。幼稚園でいつもやっているやつだろうか。朝鮮民主主義人民共和国では大人も工作をやるらしい。

 それからというもの、筆者にとって朝鮮民主主義人民共和国は恐怖の象徴だった。工作員は定期的に日本海側を不審船に乗って襲撃し、その場にいた日本人を拉致し、朝鮮民主主義人民共和国に誘拐していくらしい。工作員は船にしか乗れないから陸にいれば安全だろうと思ったのだが、親に聞いたところ、工作員は自動車にも乗れるらしい。太平洋側まで工作員は来るのだろうか。怖い。怖すぎる。親によると「良い子にしていれば工作員は寄ってこない」らしいのだが、裏を返せば悪い子にしていれば工作員に連れて行かれるということである。

 当時テレビでは日本人拉致事件でもちきりだったので、拉致事件関連のニュースは常に耳に入ってきた。小さかったのであまり理解できなかったが、なんとなく報道されていることは理解できた。朝鮮民主主義人民共和国は金正日という気味が悪い見た目の人物に支配されていて、工作員を使って日本海側を襲撃し、子供を誘拐して二度と親に会えなくさせてしまうらしい。いきなり殴られて、麻袋に閉じ込められて、工作船に乗せられ、運が悪いと日本海に遺棄されてしまうのだ。警察に連絡してもどうすることもできない。筆者にとって彼らは恐怖の軍団に思えた。日曜朝の番組では悪者はレンジャーが倒してくれるが、朝鮮民主主義人民共和国のことは誰れも倒せない。そこには法と正義は通用しないのだ。

 もっと大きくなって小学校に入ると、朝鮮民主主義人民共和国はそこまで恐ろしい存在ではなくなった。というか、日朝関係が悪化したことで朝鮮民主主義人民共和国という名称をテレビで呼ぶことは無くなっていた。小学校で北朝鮮ネタが流行っていたこともある。「隣のジョンイル〜♬」とかいう金正日の替え歌はみんな好んでいたし、「お前のテポドン2号が(放送禁止)だぞ〜」といったくだらない小学生レベルの下ネタも盛んだった。小学校で悪さをした子供が先生に別室に連れて行かれることを「拉致」とみんな呼んでいた。息子はジョンナムというらしい。ジョンが付くってことはきっとアメリカ人に憧れているのかな?と思っていた。民主主義なのになぜ民主主義じゃないのか本当に不思議だった。筆者の小学校でデスノートが流行ってたのだが、誰を書くかという話になった時に筆者は普通の人を書くとしっぺ返しが来る気がしたので、殺しても文句を言われない悪い人と言えば金正日だろうと思い、「金正日」と答えた。

 あれから更に年数が経ち、大学生になると朝鮮民主主義人民共和国はもはやネットミームのような扱いになっていた。小さい頃に警察でも逮捕できない悪の総帥に思えた金正日は既に死去し、金正恩が後を継いでいた。コンギョを筆頭とするNKPOPを歌える人間は多いし、未だに学生時代の友人と飲むとNKPOPのネタで盛り上がる。幼稚園の時はなんであんなに朝鮮民主主義人民共和国が恐ろしかったのだろうと未だに思う。子供の想像力というのは時に変な方向へと向かうようだ。

 

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