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名盤を聴く③「ショパン×スクリャービン×矢代秋雄――24の前奏曲」ピアノ藤田真央
ショパン、スクリャービン、矢代秋雄。藤田真央さんが「24の前奏曲」という形式を通じて、異なる時代と作曲家の世界をつなげました。
先日読んで,noteにも書いたモーストリークラシック3月号に紹介されていたのをきっかけに今回聴いてみました。
1. アルバムのコンセプトと選曲の意外性
藤田真央さんの最新アルバムは、二枚組で構成され、ショパン、スクリャービン、矢代秋雄という三人の作曲家による「24の前奏曲」を収録した意欲作です。ショパンやスクリャービンの前奏曲集はピアノ音楽として広く知られていますが、矢代秋雄の『24の前奏曲』は初めて聴きました。八代秋雄というと、『交響曲』が吹奏楽でよく取り上げられ、吹奏楽出身者であればお馴染みの作曲家ですね。
ショパンは「24の前奏曲」という形式を確立し、スクリャービンはその影響を受けながらも独自の音楽語法を発展させました。そして、日本の作曲家である矢代秋雄が、この伝統を受け継ぎながらも独自のスタイルで作品を生み出しています。この三者を並べて演奏することで、それぞれの音楽の個性だけでなく、「24の前奏曲」という形式が持つ奥深さがより明確に感じられます。
2. ショパンの『24の前奏曲 Op.28』――伝統の美しさ
ショパンの前奏曲は、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』を意識しながら、性格小品としての独立性を強めた作品です。藤田さんの演奏は、ショパンの持つ詩的な美しさを最大限に引き出しています。
とくに第4番の静謐な響きや、第16番の疾走感、第15番「雨だれ」の豊かな情感は印象的です。テンポの揺れや間の取り方にも、藤田さんならではのセンスが光っており、作品の持つ表情がより豊かに表現されています。
3. スクリャービンの『24の前奏曲 Op.11』――夢幻的な響き
スクリャービンの前奏曲は、初期の作品であるためショパンの影響が強いとされています。しかし、ショパンの前奏曲と並べて聴くことで、スクリャービンの独自性がより明確に浮かび上がります。
藤田さんの演奏は、スクリャービン特有の不安定な和声の響きを巧みに表現し、幻想的な世界を描き出しています。とくに第2番の儚げな響きや、第14番の情熱的な高まりは、藤田さんの繊細なタッチによって一層魅力的に響いていました。
4. 矢代秋雄の『24の前奏曲』
今回世界初録音とのこと。夭折したため、作品も少ない八代秋雄の前奏曲録音は今回のアルバムの大きな聴きどころです。
矢代はフランスで学び、日本のクラシック音楽界に大きな影響を与えた作曲家です。彼の『24の前奏曲』は、ショパンやスクリャービンの伝統を受け継ぎながらも、独自の響きを持つ作品となっています。
この作品は随所に日本的な感性を感じさせる音使いがあり、洗練された響きを生み出しています。藤田さんは、この未知の作品を、まるで古くから親しまれてきた名作のように自然に演奏しており、作品の持つ可能性を最大限に引き出していました。
5. アルバム全体を聴いて感じたこと
このアルバムは、単なる作曲家の並列ではなく、「24の前奏曲」という共通点を持つ作品を通じて、音楽の歴史と進化を体感できる構成になっています。ショパンの伝統美、スクリャービンの幻想的な響き、矢代秋雄の新鮮な音楽が一つの流れとなり、藤田さんの手によって紡がれています。
三者の前奏曲を続けて聴くことで、時代や文化の異なる作曲家たちの共通点や相違点が浮かび上がってきます。ショパンからスクリャービン、そして矢代秋雄へと続く音楽の流れを、藤田さんは豊かな表現力で描き出していました。
ショパンの洗練、スクリャービンの幻想、矢代秋雄の革新を一度に味わえるこのアルバムは、ピアノ音楽の新たな可能性を示す一枚として、多くの方に聴いていただきたいと感じました。