思考とは何か:概念による理解
思考という現象を概念という概念を用いて説明することを試みる。
導入:概念の定義
まず概念という言葉を定義する。概念とは任意の認識の対象が含まれるかどうかを考えることができるようなある認識の対象の集合を持つ、実際の事物よりも抽象的な認識の対象である。ここでは「抽象する」、「抽象的」という言葉をそれぞれ「複数の事物の共通性質を抜き出すこと、または事物の特徴的な性質を抜き出すこと」、「対象となる物事の抽象の度合いがより高いさま」という意味で用いている。またこの概念の定義は認識の対象には概念と実際の事物の二つがあるという命題を前提としている。ここで言う実際の事物とは私たちが日々の生活で認識している個々の机や椅子、りんごなどのことである。
「任意の認識の対象が含まれるかどうかを考えることができるようなある認識の対象の集合をもつ」とは、具体的にリンゴという概念を例にとってみると、任意の物体を見た時にそれがリンゴであるかどうかを考えることができるという意味である。この考えることができるという性質を概念の持つ能力、働きとして扱うために「認識の対象の集合を持つ」という表現を用いた。この認識の対象の集合は一般に外延と呼ばれる。
「実際の事物よりも抽象的」とは、リンゴの例で言うと、「リンゴという概念」は実際に私たちが目にする個々のリンゴよりも抽象という作用を多く経ているという点を述べている。私たちが目にし知覚している個々のリンゴという対象はなんらかの抽象を経て認識されているわけではない。個々のリンゴから赤い、甘い、丸いなどの性質を抽象することはあっても、その実際に知覚しているリンゴそのものは抽象という作用なしに意識上で成立している。一方、リンゴという概念は私たちが認識する数々の実際のリンゴに共通する性質をもとに構成される。もっと言えば、具体的個人の認識において、リンゴという概念は実際にリンゴと呼ばれている物体に主体が接し、リンゴの持つ性質を(意識的、無意識的を問わず)抽象することで形成される。よってこの点において主要な認識対象である実際の事物と概念とを区別している。
思考という現象の構成要素
結論から述べると、思考という現象は感的情報の知覚と想起、概念の形成と想起、感的情報間、概念間の関係の認識、各種思考の記憶という基本的な心的作用から成り立つと考える。なお感的情報という言葉は感情情報と感覚情報の総称として、想起という言葉は保持しているものを思い起こすという意味で用いている。
感的情報の知覚と記憶、想起
まず感的情報の知覚と記憶、想起については言葉のとおりである。我々は感覚や感情を知覚し、記憶し、思い起こすことができる。
概念の形成
概念の形成は主に抽象形成と結合形成の二つが挙げられる。
抽象形成とは個々の事例に共通する性質を抜き出すことで概念を形成することであるが、その抜き出し方にはいくつかのパターンがある。主要なものを述べるなら、前述したリンゴの例のように実際の事例を数多く認識することでその共通性質を直観する場合や、先の概念と実際の事物との比較のように類似概念との差を考えることにより範囲を明確にすることで共通する性質を抜き出す場合などがある。
結合形成とはいくつかの概念を組み合わせることで新たな概念を形成することである。具体例としては「青いバラ」という概念を挙げたい。青いバラという事物は以前は世界に存在しなかったため実際の事物からの抽象で形成されたわけではない。「青い」という概念と「バラ」という概念を組み合わせることで不可能を暗示する「青いバラ」という概念を形作ったのである。なお任意の認識の対象が含まれるかどうかを考えることができるようなある認識の対象の集合を持つという条件は、現代になってから品種改良により青いバラが作り出され、それが「青いバラ」として認識されていることから満たしていると考えられる。
関係の認識
感的情報間、概念間の関係の認識とは主に複数の対象の同異を認識することである。例えばリンゴの赤色と血液の赤色に同じまたは似ているという認識を持つことや、概念と実際の事物に抽象度という点で異なるという認識を持つことなどである。これにより共通性質抽象や概念の範囲の規定という心的作用が保証される。
概念の想起
概念の想起とは様々な仕方で保持している概念が意識に上ることである。我々の思考の大半はこの概念の想起という現象に分類できると考える。例えば今筆者がこの文章を書いている時、なぜその順番で想起されるのかはわからないが、次々に言葉が意識に現れる。つまり言語表現を伴う文章生成は概念の連続的想起であると言える。また、言語表現を伴わない思考も概念の想起であると捉えることができる。具体的には、ある論題について考えているときに言語化されていないある直観が浮かび、それを精査しながら言葉に直すという作業を行うことがあるが、前者の現象は言語表現を伴わない概念の想起と言えるだろう。またここでは概念は言語表現か意味かで分類できると言うことに言及しておきたい。例えば「リンゴ」という概念の場合、たとえ「リンゴ」という言語表現、記号がなかったとしても「リンゴ」に相当する意味自体は存在しうる(概念に簡潔な名辞が与えられていないというのは思考や交流において極めて不便ではあるが)。言語表現から分離された意味は立派な概念であり、また意味を持たない言語表現、記号自体も、任意の記号(音、文字)が「リンゴ」という記号に該当するかを考えることができ、実際の事物として現れる個々の記号よりも抽象的であるため、概念の一種であると捉えることができる。この点において概念は意味概念か言語表現概念かで分類できる。基本的な意味概念は対応する簡潔な言語表現概念を持っていることが多いが、未開拓の領域であったり専門的であったりする場合は対応する簡潔な言語表現概念の共通見解が得られていないこともある。
ここまでに述べた概念の想起はなぜその順番で起こるのか、なぜその概念が浮かぶのかが説明できないのだが、説明はできなくともなぜその順番で起こるのかが納得しやすい概念想起もあるだろう。主要なものをいくつか挙げるなら、実際の事物を見た時にそれを外延に含む概念を想起する、ある概念が意識に上った時にその上位概念を想起する、実際の事物や概念を認識した時にそれと類似した事物、概念を想起するなどが考えられる。
実際の事物を見た時にそれを外延に含む概念を想起するというのは、例えば実際のリンゴを見た時にリンゴという概念が想起されるということである。この場合は目に映る物体の特徴が保持しているリンゴという概念の特徴に合致しているために想起されるのだろうとということは容易に想像がつく。
ある概念が意識に上った際にその上位概念を想起するというのは、例えば概念とは何かということを考えているときに認識の対象であるという直観が起こることなどである。
実際の事物や概念を認識した時にそれと類似した事物、概念を想起するというのは、例えば足の小指を机の角にぶつけた時に以前も同じ場所にぶつけたことを思い出すというような類似した過去の事例の想起や、意味は大体同じだが場に合った言葉に変えるというような類似表現の想起、空に浮かぶ雲を見てその形が鳥に似ていたために鳥という概念が思い浮かぶというような特徴の一致する概念の想起などである。
まとめ
以上のように思考という現象は感的情報の知覚と想起、概念の形成と想起、感的情報間、概念間の関係認識、各種思考の記憶などの働きに分解できる。しかし具体的な思考の流れ方については、概念想起により一部は説明できているとはいえ未だ不完全である(例えばこの一連の文章をどうやって考えたのかが説明できない)。よって今後はそれについても考えていきたいが、今回の考察は思考という現象がどのような要素から成り立っているのかを明らかにするという点で意義があると考える。
追記
検索機能
ある認識対象と一定の関係にある認識対象を記憶している認識対象の中から探し出し想起するという機能。
こういう機能も想定できるのでは…