見出し画像

幸せの感覚

「幸せ」ってどんな感覚なのだろう。
わたしはずっと幸せの勘違いをしてきたかもしれない。

ずっと欲しかったものが手に入ったとき
望んでいた在りたい状況・環境が整ったとき
誰かからとっても認められたとき、褒められたとき
誰かから愛してもらえたとき

ずっとこのときの感覚を幸せだと思ってきた。
いや、頭ではそれは本当の幸せではないって思っていたよ。
でも頭とわたしの奥深くでの認識がずれていたと思う。
わたしの奥深くでは、理解できていなかったんだと思う。

この前、ふと、ハッと気づいたことがあった。
それは、腹の底から気づいていくような感覚だったと思う。
「あれ?もしかして、この感覚を幸せっていうんじゃないの?」
という気づき。
わたしがずっと探していた幸せはこの感覚かもしれない。


果てしなく穏やかで、安心。
鮮明に体の感覚を感じている。
何も怖くない。
気持ちが良い、心地が良い。
平和。

それは、
つ〜〜とした穏やかな幸せだった。

誰かから褒められたとき
何か賞をもらったとき、
競争で勝ったとき
片想いしていた相手が自分のことを好きだと知ったとき
社会的に認められる"何か"を成し得たとき

そういうときの「高揚感」「興奮」とは全くもって違うもの。

高揚感や興奮なんてものはない。
ただただ「つ〜〜と続いていくような穏やかさ」


外側の影響は何もない。
わたし自身から発している感覚。

外側がどんなに変化しようと、
この感覚は変わらない。
わたしがその感覚を創っている。

そんな感覚。


高揚感・興奮を感じるような幸せは、
外側が変化したら簡単に壊れてしまうもの。
なぜなら、外側からもらっているものだから。
それは決して安心できない。
「いつかなくなってしまう。なくならないようにどうしたら良いんだろう」
きっと、一瞬の高揚感のあとは、頭の中は恐れでいっぱい。


"本当の"幸せの感覚、忘れないように書き記しておこう。
外側に流されないように、書き記しておこう。


そんな気持ちで今書いている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?