心とゴリラテープの話
昨日、初めてnoteに投稿した。自己紹介の記事である。途中まで書いて、続きはまた次回!みたいな感じで終わっていた。
ところが、2回目の投稿となるこの記事は、自己紹介の続きではない。
僕は思ったことを思った時に書こうというスタンスなのである。
今、僕の心の中にあるものを鮮度が落ちないうちに書き出さなくてはいけない。
食品の保存技術は目まぐるしい発展を遂げたのだが、心の、思いの保存技術はまだ未発達なのである。
なんて、ただ自己紹介の続きを書く気分ではなかっただけなのです。ごめんなさい。
では、今は何の気分なのか。
少しだけ、心や精神の話に付き合っていただきたい。
まさか自分がという驚き
突然ではあるが、僕は5年くらい前に心療内科に通いだした。
心が悲鳴をあげ、それに呼応するように身体もくたびれた。
詳しくは後述するとして、当時の僕は初めての感覚に戸惑った。自分の状況がわからなかったのだ。いや、自分自身もわからなくなっていた。
純粋に怖かった、のだと思う。自分がどこにもいないような、いなくなるような感覚がずっとしていた。
だから、その時の僕をカテゴライズしてほしくて、この状況に名前を付けて欲しくて、心療内科に行った。
睡眠導入剤と抗うつ薬を処方された。
自分で言うのもなんだが、僕は楽観的な方だと思う。色々と考えたりはするが、「最後にはなるようになるよな!」みたいな考えであった。
まさか自分が心療内科に通うことになるとは思っていなかったのだ。
ガラス越しのラジオパーソナリティ
では、心が悲鳴をあげたのは何故か。
ある程度心が落ち着いてから自己分析をした結果を書いてみよう。ただし、当時の記憶は曖昧なところも多いので、話半分くらいで読んでくれたらと思う。
職場ではパワハラまがいのことが蔓延っていた。
怒声が自分に降り注ぐこともあれば、同僚や先輩に突き刺さることもあった。
職場の雰囲気は毒となり、徐々に身体に浸透していき、気づいた時には身体に害を及ぼすほど蓄積されていた。
おかしいなと思い始めたのは、集中力が切れやすくなったからである。いや、ちょっとニュアンスが違う。
自分に向けられた声や音、自分が見ているものが、どこか遠くのものと感じ始めたからである。
ラジオパーソナリティ(自分)がブースで喋っているのを、ガラスを隔てて見ているような感覚。
ガラス越しなのでよく聞こえないが、ラジオパーソナリティ(自分)は、誰かと話しているという錯覚。
あとで、「離人症」という名があることを知った。
加えて、音と光に過敏になった。
家に帰ると暗い部屋の中でずっと座っていた。
シャワーが頭にあたる音は心地よくて、風呂場で座ったままずっとシャワーを浴びていたときもあった。
そんな状況であったが、仕事は休みはしなかった。
1度行くのをやめると、2度と立ち直れない気がしたからだ。
1日の記憶を無くしたときもあった。
仕事中、あまりにふらふらしていた僕は後輩に家まで送ってもらったらしい。目覚めたとき、前日の記憶がなく、駐車場に自分の車がないことに驚いた。
抗うつ薬の影響なのか、数ヶ月で体重が7キロ増えた。
そんな状態だった。
ゴリラテープがほしい
今はというと、当時よりは元気である。
心は落ち着いたのに、増えた体重はなくならなかった。理不尽だと思う。いなくなれ!内臓脂肪!
職場は異動になり、環境は改善された。めでたしめでたしである。
と思っていた。
どうやら、1度壊れた心はもとに戻らないらしい。
できていたことができなくなったのだ。
仕事やプライベートのちょっとしたトラブル。以前の僕ならなんとも思わなかったであろうことが負担になり、心のひびを大きくする。
心の強度が弱くなったと感じた。
壊れた心をなんとかセロハンテープやガムテープでとめているにすぎないのだと気づいた。
それは今も続いている。
心が割れないように、毎日びくびくしている。
心のゴリラテープがあったらなと思う。
より強固に補修できるのに、と。
書いているうちに長くなってしまった。
ゴリラテープの万能さを熱く語ってもいいが、またの機会にしようと思う。
オチも何もない話である。どこで〆ようと、誰にも迷惑はかかるまい。
中途半端ではあるが、ここまでにしようと思う。
いないとは思うが、最後まで読んでくれた人いましたら、時間を無駄にするものではないよ、と言いたい。
ありがとうございました。
【今回のフェイク】
増えた体重は7キロではない。12キロだ。
持っていたズボンが全て履けなくなったのは言うまでもないだろう。