【エッセイ】昔、必死に手を振ったことがあった#03~おかえり~
前回の続きです。
突然の彼の手術に戸惑いつつも、すべては無事に終わり、ICUに通う日々が続きます。
まあ「日々」と言っても、実際は2、3週間程度の話です。
私の人生の中では重要な意味を持っていたとしても、客観的な視点からすると、ひょっとしたら、そんなに長い時間ではなかったのだと、今では思います。
彼が手術を受け、1週間以上経ったある日のこと、いつものようにICUに行くと、それまでとは違う彼がいました。
彼は眠っていますし、以前同様動くこともありませんでしたが、それでも確かに、彼は、そこに居たのです。
今までの、魂が完全に抜けきった身体だけの機械的な存在ではなく、身体と魂が一体化した、私の知っている彼が、そこにいたのです。
それから瞳が開くまで、時間はそれほど掛かりませんでした。
目を覚ました彼は、身体を動かすこともできず、自分の意思で寝返りを打つことさえできませんでしたが、それでも瞳は確かに開き、動いていました。
ただ、どこを見ているのかは分かりません。
焦点が合っているのかも不確かで、本当に見えているのかすら分かりませんでした。部屋の外にいる私たちの姿を見ているようで、見ていないようなあの瞳・・・。
その姿を見ながら、でも彼がそこに居て、生きているのは確かだと思い、そういえばこういう場合でも刺激を与えるといいと、どこかで聞いたことを思い出し、私はとにかく手を振りました。
ガラス越しにいる私が与えられる刺激なんて、そんなものです。
でも手を振れば気づいてくれるような気がしましたし、手を振った後は、何となく気づいてくれているような気がしたのです。
ただの自己満足だと言われようとも、他にすがるものなんてなかったあの状況で、それ以上にできることは何もありませんでした。
もう過ぎ去ったことなのであの頃のことを話すなんてほとんどなく、話したいと思うこともありませんでした。
それなのに、何がきっかけかは覚えていませんし、そもそも期待する答えなんていうものもありませんでしたが、なぜか私は訊いたのです。
すると、彼はこう言いました。
ああ・・・。
涙を堪えるのに、必死でした。どうやら、あのとき、あの瞬間、気づいてくれていたらしいのです。
全く、予想も、期待もしていなかった言葉――。
もしできることならば、あの頃に戻って、そのときの自分に伝えたいと、心の底から、強く、強く、思いました。
って。
って。
そして、あのときの私に、ハグのひとつでもしてあげられたらと、思うのです。