なかなか興味深い韓国の「姓氏」と「本貫」と「行列字」①
学生時代に社会人類学を専攻していたこともあり、異文化における親族・血縁関係(Kinship)は興味をそそる分野の一つです。
古くから交流が多かった隣国の韓国とは、果たして日本文化と類似する点が多く、だからこそ日本と変わらないだろうと無意識のうちに考えてしまうことも多いわけですが、なかでも親族・血縁関係に関しては、身近な問題にもかかわらず理解するのが非常に困難なトピックだといえます。
ということで、今回から(おそらく)3回に渡り、韓国のKinshipに重要な要素の「姓氏」と「本貫」と「行列字」についてお送りしたいと思います。
1.姓氏(성씨)
10万~30万種類にも上るとされる日本の苗字とは異なり、韓国の姓氏(성씨)はそれほど多くありません。
2000年に実施された韓国統計庁の調査によると、姓氏の数は728種類でした。そのうち漢字で表記可能な姓は286種類、表記不可の姓は442種類とされています。
その後、2015年の調査では姓氏の数が5582種類へと急増しますが、その大半の4075種類が漢字表記不可であり、増加の理由は韓国へ帰化した外国人に拠るところが大きいことが分かっています(※)。
行政安全部の調査によると、2007年時点で最も多い姓氏は「金(김)氏」で、人口の21.5%に当たる約1057万人が使用しています。その次に多いのが724万人の「李(이)氏」で、さらに415万人の「朴(박)氏」と続きます。これは韓国人の2人に1人が金、李、朴のいずれかの姓を使用していることを意味します。
これだけ多くの人が同じ姓を名乗っているということは、同姓同名が多いことも想像に難くありません。
最近では(下の)名前が多様化しているようですが、それでも韓国の友人の中には有名人と同姓同名の子がいますし、「学生時代には同姓同名の同級生が何人かいた」(1人ではないところがポイント)という話も何度か聞いたことがあります。
2.本貫(본관)
ただし同じ姓を名乗っていても、その姓が同じであるとは限りません。
姓氏で重要となるのが本貫(본관)です。本貫とは、家系の始祖の出身地で、姓氏の発祥地を指します。たとえば同じ金氏でも、本貫によって「金海 金氏(김해 김씨)」、「慶州 金氏(경주 김씨)」、「光山 金氏(광산 김씨)」などに分かれます。
本貫が重要な理由は、姓氏と本貫が同じ者同士(=「同姓同本」)は父系血縁者とみなされるからです。簡単にいうと、姓氏と本貫が同じ人は全員、親戚関係に当たるといった具合でしょうか。
これは日本人の感覚からすると、なかなか理解しがたい慣習です。
たとえば金海金氏を名乗る人口は、2015年時点で約446万人にも上りますが、この方たちすべてが親族といわれても想像がつきませんね。
3.父系社会
韓国は日本同様、父系社会です。
そのため、子どもが受け継ぐのは父親の姓氏と本貫です。
儒教の影響を強く受け、父系血縁を軸に構成された韓国社会では、父親から受け継いだ姓氏と本貫は結婚しても変わることはありません。また婿養子も禁じられてきたため、家系を継ぐには男児を産むしかありませんでした。韓国ドラマで男児にこだわるシーンがよく登場しますが、このような背景があるためです。
この父姓主義は2008年に法律が改正され、現在は「夫婦間で同意すれば」母の姓を継ぐことが可能となっています。と同時に、離婚や再婚時に子どもの姓を変更することもできるようになりました。
しかし改正後も「父の姓に従う」という原則は変わっておらず、母の姓を名乗るのは例外として認められた場合のみです。
結婚して子どもを産んでも、もともと同じ姓でない限り、家族の中で自分だけが異なる姓を持つなんて、韓国の女性たちは疎外感や寂しさを抱かないのでしょうか。
韓国の友人に訊いたこともありましたが、返ってきたのは「ああ、どうだろう。そうとも言えるかなあ・・・」という薄い反応でした。ひょっとするとそれは、家族とは苗字を共有する間柄である日本と、「姓は家でなく個人に付く」韓国との違いも背景にあるのかもしれません。
(つづく)
◆◆参考資料◆◆
・文慶喆:『韓国人の姓氏と多文化社会』
・韓国統計庁:『우리나라의 성씨는 몇 개나 될까?』