7 days 7 book covers challenge①「金田一少年の事件簿(電脳山荘事件)」
おすすめの本を7日間で紹介する、という取り組みを別のSNSで見かけたため、僕のお勧めの本について語っていきたいと思います。
※がっつりネタバレしてます!秀逸なトリックを初見で楽しみたい方はお気を付けください。
金田一少年の事件簿(電脳山荘事件)
小学生の頃図書室で立ち読みし、今でも内容を鮮明に覚えている数少ない一冊。1人の行動は何気ない日常行為の一部にすぎないが、7人の行為が積み重なることで結果的に人を殺すという方法に衝撃を受けました。貫井徳郎の「乱反射」も似たような形態をとっている作品です(乃木坂の斎藤飛鳥さんも薦めていたやつ)。「行為単体で見たら何気ない行動であっても、気付いたら大きな加害者の一部になっている」という怖さを子どもながらに抱きました。
また、谷崎潤一郎の「途上」、江戸川乱歩の「赤い部屋」にあるような「プロバビリティーの犯罪」という考え方に初めて出会った作品でもあります。「プロバビリティーの犯罪」とは以下のケースを指します。
西洋の探偵小説によく出てくるのに、こういう方法がある。幼児のいる家庭内のAがBに殺意を抱き、階上に寝室のあるBが、夜中階段を降りる時に、その頂上から転落させることを考える。西洋の高い階段では、うちどころが悪ければ一命を失う可能性が充分ある。その手段として、Aは幼児のおもちやのマーブル(日本で云えばラムネの玉)を階段の上の足で踏みやすい場所においておく。Bはそのガラス玉を踏まないかも知れない。又、踏んでも一命を失うほどの大けがはしないかも知れない。しかし、目的を果たした場合も、失敗に終わつた場合も、Aは少しも疑われることはない。誰でも、そのガラス玉は幼児が昼間そこへ忘れておいたものと考えるにちがいないからである。(中略)このように、うまく行けばよし、たとえうまく行かなくても、少しも疑われる心配はなく、何度失敗しても、次々と同じような方法をくり返して、いつかは目的を達すればよいという、ずるい殺人方法を、私は「プロバビリティーの犯罪」と名づけている。(江戸川乱歩「プロバビリティーの犯罪」『犯罪學雑誌』 Vol.19 No.5 pp.258-261、1954年より引用)
現代司法でも、
「このボールを投げたら、公園にいる男の子に当たってけがをさせてしまうかもしれない」と思ってボールを投げる→未必の故意=確実に犯罪を行おうという意図があるわけではないが、結果的に犯罪が起きる可能性を認識している状態
「このボールを投げても、公園にいる男の子に当たってけがをさせるようなことは起きないだろう」と思ってボールを投げる→過失
というように心の中の状態によって処罰内容に大きな差が生じるため、その区別は重要であるとされているようです。
今回紹介した一連の作品は、このような「境界線上の犯罪」について「ミステリー小説」という観点から問題提起を行っている作品です。
「電脳山荘事件」は他にも偏見を利用した秀逸なミスリードが用意されています。ぜひ、ご一読を。